将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第31回 by 風木一人

夏休みも終わりが見えてきた八月下旬の日曜日、トモアキとジュンはカサをさして西公民館への道を歩いていた。
「おれたちは不利だよな。一人っ子は家で指す相手がいないもんな」
と、ジュンが言った。
なるほどみんなが集まるときでなくてもアサ子はトオルと指せるし、カズオは毎日だってシュウイチに教われる。しかしトモアキはそんなこと考えたこともなかった。
「うちでも研究はできるぜ」
「おれ、一人研究や本は苦手だよ。やっぱり実戦でなきゃ」
「ゲームの将棋は? 『必勝・将棋塾2』、強いらしいぜ」
「どこで見た?」
「二丁目の中古ソフト屋。買おうかと思ったけど、金なかったから」
「買えよ。買って貸せよ」
「ジュンが買っておれに貸すってのもいい考えだな」
「こいつぅ」
カサをまわして水滴をかけあいながら西公民館につき、第二和室に行くと、待っていたように宮原さんが話しかけてきた。
「林くん、林くん、このあいだ、岡村さんたちと会ったよ」

トモアキはピンときた。岡村さんは本町の方の将棋同好会で会長をやっている人で、こども将棋大会の運営委員長でもある。
「第二回は十一月の文化の日あたりを考えてるそうだ。まだ決定じゃないけどね。それから今度からはチェスクロックを使うつもりだとおっしゃってたな」
「チェスクロック、ですか?」
「チェスクロックってのは対局時計、ほら、テレビの将棋の時間でも使ってるだろう、両方の持時間をはかる時計だよ」
「はあ……」

そういえば見たことはある。対局者じゃなくて、横で記録をとっている人が、文字盤の二つついた置き時計をさわっている。あれか。

「じゃあ、記録係がつくんですか?」
「いやいや。アマチュアの場合は自分でボタンを押すんだよ。持時間があれば一局にかかる時間が決まってくるから、大会の運営がやりやすいんだ。最近の大会はどこもたいていチェスクロックを使ってるね」
なんだかめんどうなことになったな、とトモアキは思った。

――――続く

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