孔子曰く、命(めい)を知らざれば、以(も)って君子と為(な)る無きなり。礼を知らざれ
ば、以って立つ無きなり。言を知らざれば、以って人を知る無きなり。
(堯曰 十三)
――――孔先生はこう言われた。「天命を知らなければ、君子となることはできない。社会規範を身につけていなければ、社会の中で立場を得ることができない。言葉の使い方を身につけなければ、人と理解し合うことはできない。」――――
論語の最終篇、最終章である。
君子というのは、完全無欠の人間のことではない。完全無欠の人格者は「聖人」と呼ばれる。ただし、聖人とされるのは、堯舜など、歴史上の人物だけで、同時代の人々について孔子は「聖人は、吾得て之を見ず」と言っている。
言ってみれば、聖人は仮想的な存在なのだろう。聖人になろうとして努力しているのが君子である。その努力をするための課題として天から与えられるのが、「天命」である。
孔子自身にとっての天命は、政治の中で倫理を実践することだったと思われる。その天命に従うためには、政治家、官僚としての地位を得なければならない。そのためには、人望も必要である。そこで重要になるのが、まっとうな社会規範(礼)を身につけておくことだ。また、コミュニケーション能力(言)も必須の能力となる。
儒教は宗教か? というのは、度々繰り返される議論である。孔子自身は神や祖霊を大切にしていたし、儒教の四書五経の一つである礼記には、神や宗教儀礼についての詳細な解説があるから、後世の儒家たちも当然そういった儒教の宗教的な面を学んでいるはずであるが、儒教(儒学)が官僚、政治家の学問として発展したせいか、儒教というと、宗教というよりは現世での倫理の教えというイメージが強い。
論語の中でも、「子は乱心怪力を語らず」と書かれているように、神や死後の世界や、その他不可思議な事柄について弟子に語ろうとはしなかった。そんな儒教の中で唯一大々的に語られている宗教的概念(?)が、この「天命」だろう。
孔子は若くして政治家を志し、魯国の官僚として、倫理の実践、正義の実現に向けて努力した。だが、現実はそれほど甘くはなかった。腐敗した政治の世界が嫌になり、官職を辞し、一教師として後進の教育を行うようになった。四十代の働き盛りの時期には、彼は政治の現場を離れていたのである。
「五十にして天命を知る」というが、確かに彼は、政治の中での倫理の実践という天命をこの頃はっきりと自覚したのだろう。五十二歳で官僚に復帰した孔子は、数年のうちに宰相代行の地位にまで上り詰める。ところが、ここにきて彼はまたしても逃げ出してしまう。世襲の重臣の横暴や、国王さえも堕落している様子に嫌気がさし、政界を去ってしまうのである。その後彼はもう一度政界復帰を目指し努力を重ねたが、再びチャンスが訪れることはなかった。
堕落した政治家たちと付き合うのが嫌ならば、政界での活躍などすっぱり諦めて、道家の人々のように田舎に引きこもることもできたはずである。しかし孔子にはそれはできなかった。なぜできなかったのか。それは、現実の政治の世界での倫理の実践こそが、孔子にとっての天命だったからだろう。
天命というのは、繰り返し見る悪夢のようなものではないだろうか。
夢1
「バルタン星人が地球を侵略しにやってきた。私はウルトラマンに変身し、スペシウム光線でバルタン星人を倒す。辺りを見ると、科特隊の人たちが向こうを指差している。
指差す方には、もう一人のバルタン星人が立っている。私はこのバルタン星人もスペシウム光線で倒した。科特隊員たちは、今度は空を指差している。上を見ると、何百というバルタン星人たちが、空から舞い降りてくる。皆ハサミをこちらに向け、光線を発射しようとしている。私は恐ろしさのあまり叫び声をあげて逃げ出した。」
夢2
「街にバルタン星人たちが潜入した。奴らは人間に化けているが、私は見分けることができる。私は人混みの中で一人を見つけ、つけて行ってスペシウム光線で倒した。
その後も、そこら中にバルタン星人がいるので、私は容赦なく倒して行った。振り返ると、巨大なバルタン星人が私を見下ろしていた。私は恐ろしくなって逃げ出した。」
夢3
「バルタン星人が現れたという連絡を受け、私は・・・」
ウルトラマンのあなたは戦いに向かうが、予想外の巨大な敵を見て恐ろしくなり、逃げ出す。しかし、逃げ出しても逃げ出しても、結局あなたはまた戦いに戻ることになる。
天命というのは、そういうものではないだろうか。
孔子もたびたび逃げ出したが、彼は、少なくとも途中からは自分の天命を自覚していた。自分自身が政治から逃げている間も、弟子を育てることは怠らなかった。そして結局のところ、彼ら弟子たちが周辺諸国の政治の現場で活躍し、また彼らが、孔子の教えである儒教を広めたわけである。
今回で「なにわぶし論語論」は一旦終了します。ご愛読、ありがとうございました。また不定期で時々書きますので、その時はまたよろしくお願いします。
みやち
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