黒ユリ、黒キノコ、黒ボブの3魔女は過去生を信じている、というよりも過去生を研究している。特に熱心なのは黒キノコで、彼女はそのことですごく残念な「黒幼児期」があるらしい。3歳とか4歳の頃には、かなりしっかりと過去生を覚えていたというのだ。ところが家族はそれを嫌がった。まさに勝五郎のケースと同じだ。しかし勝五郎には唯一の味方になって話を熱心に聞いてくれたおばあちゃんがいた。黒キノコには誰もいなかった。その結果、貴重な過去生の記憶は誰に語ることもできず、書き記すこともできず、どんどん失われていった。黒キノコは大人になってからも、浜辺に立つと無性に泣きたくなるそうである。
「浜辺で泣きたくなる?……なんで?」
「波がサーッと引いていくでしょ」
「……それを見て泣きたくなると?」
「そう」
「……」
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店内の騒音がスッと、一瞬で遠のいてゆくような気分にふと襲われる。その話に興味を持ち、そのシーンを頭の中で1枚の絵画のように描こうとするときに、いつも(なにかの前触れのように)出てくる不思議な感覚だ。
「つまりそれは……なにか比喩めいたものを感じて泣きたくなるとか、そういうこと?」
「それもあるらしいけど……なんか過去生にあったらしいの。でもそれがもう思い出せなくて……それが悔しくて涙が出てくるらしいの」
なんとなくせつない話ではある。幼女のころ、彼女は浜辺に立つとありありと思い出す過去生があった。それはいくつかの断片的なシーンだったらしい。映画に例えれば、フラッシュバックのようにパパパッと次々に出てくるシーンのようなものだろうか。しかしそれを誰にも語ることはなかった。語りたい気持ちはあったのだが、周囲はみな嫌がった。そんな話を聞こうとする者はだれもいなかった。保育園に行き、小学校に通うようになると、日常的な関心はいやおうなく新しい環境での対人関係に向かうようになる。過去生の淡い記憶は次々に薄れ、消滅していった。
「確かにもったいないというか、ちょっと残念な気もするけどね。これはもう、どうしようもないよ。人間はそんなふうにセットアップされちゃってるんじゃないの?」
「まわりの大人が聞こうとしないことも?」
「そりゃ仕方がない。我々は生まれるにあたって、時代も国も選べない」
「インドに生まれた子はラッキーよね」
「それはどうかな。話したくない子もいるかもしれない」
「でも話したいのに、まわりの大人が誰も聞いてくれない。こっちの方が悲惨よ」
「……確かにそうだ」
黒キノコには太ももに10cmほどの細長い形状のアザがある。本人によれば、それは過去生の女性から引き継いだものらしい。
「なんでそんなことがわかる?」
「4歳の時にそれをはっきりと覚えていたらしいの」
「ふうん。……で、それはもう記憶にないのか?」
「まわりが嫌がるので、もうそのことを話すのはやめようと」
「なるほど。封印されちゃったわけだ。……で、次第に忘れちゃったと」
「そう」
「確かにちょっと残念な話ではあるね」
「先天性刻印」
「……え?」
「過去生の記憶」と「自分の体についているアザ」には深いつながりがあり、その関係を語る幼児たちも多いらしい。それを「先天性刻印」という。その事例のほとんどは過去生の人が死ぬ瞬間に傷ついた部分だというのだ。
…………………………………… 【 つづく 】
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