【 魔の帰巣人形 】(9)

婦人はドア脇の窓に歩み寄った。窓のガラス越しに室内を覗くのかと思ったがそうではなく、格子に手をかけて手前にギイッと開いた。
TTは驚いた。なるほどそういう手があったか。……とはいえ「なぜそれを思いつかなかったのか」と自問するまでもなく、その理由はうすうす分かっていた。ひとつには自分は旅行中の異国人であるという遠慮があった。窓から室内の様子をうかがっているところを地元民に目撃されて通報でもされようものなら、厄介千万の事態となる。
しかし理由はそれだけではなかった。彼は人形の視線を恐れていた。

「人形の視線?」私は驚いた。「……人形が見張っているとでも」
「変だろ?」
説明のつかない、言いようのない奇妙な恐れに彼はとりつかれていた。
「つまり中を覗くとまた人形に睨まれてしまう……みたいな?」
一瞬、私は冗談を言ってるのかと思ったのだが……改めて彼を見ると真顔だった。
「いや中に入るどころか、近づくのさえためらわれるというか……」

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婦人にはそのような気配はまったくなかった。彼女は遠慮なく外から窓を開けて中に首をつっこみ、大きな声を発した。老人の名前だろうか。その様子に元気づけられたTTは、自分も婦人のすぐ脇に行って、室内を覗きこんだ。相変わらず暗い部屋で、先ほど見たはずのロウソクらしき明かりもなかった。べつの部屋から漏れていた光だったのだろうか。

婦人は二度三度名前を呼んだようだったが、老人が出てくる気配は全くなかった。彼女はTTの方に顔を向けて口をへの字に曲げ、両手を広げて肩をすくめた。「困ったね。これはもうどうしようもないわね」といった意味のポーズであることは即座にわかった。
しかしTTはこれであきらめる気分にはどうしてもなれなかった。かれの忍耐は限界近くに達していた。愛用の三脚を店に置き忘れただけで、どうしてここまで苦労を舐めなければならないのか、イライラを重ねなければならないのか、先に進むことができず足止め状態になってしまうのか。

長期旅行のやや慢性的な疲労が祟ってしまったのかもしれない。あるいは重いザックを背負って走ったり坂道を登ったりした結果、先ほどからずっと肩に広がっていた「骨のきしむような痛み」が彼を少々短気にさせてしまったのかもしれない。彼の両手は空いていた。重いザックもいまは背中にない。婦人を見てニヤッと笑い、両手を窓にかけてひらりと室内に降り立つまでに2秒もかからなかった。

苛立ちが高じてやってしまった侵入とはいえ、彼には作戦があった。すぐにドアのところに走り、カンヌキを外してドアを開けたのだ。申し訳ないと思いつつ、家屋侵入に婦人を巻きこんでしまえば、その後の誤解やトラブルは回避できると計算したのだった。

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婦人が室内に入ってくる様子をチラッと確認し、TTは先ほど自分が立っていたあたりに視線を走らせた。ところがどこを見てもジッツオがない。
「そんなバカな!」
どんどん暗くなってゆく室内にイライラしつつ、腰をかがめるようにしてあちこち捜したのだが、どうしても見当たらない。
「……まさか!」
疑いたくなかったが、老人の姿が浮かんだ。
「こうなったらもう、この小屋の端から端まで探してやるぞ!」
彼は怒りに震えるような気分で老人の姿を探した。

……………………………………   【 つづく 】

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