たった1本のロウソクの炎。その輝きだけで見る人形はじつに不気味だった。しかしTTはロウソクの光だけでものを撮影したことがなく、その独特の揺れ動く陰影に魅せられつつあった。その場には抗し難い魅力があった。炎の揺らめきに呼応するように、開かれたままの目が妖しげに輝いた。
彼は燭台をつかんだ手を人形に近づけた。目にはガラスの玉が入っているのだろうか。決して精巧な造りの人形ではなく、木彫りの頬にはノミの跡がかすかに残っていた。
「素人の作だろうか。……しかし素人にしては、すばらしい技術だ。あの老人がつくったのだろうか」
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燭台を人形の間近に置き、オートマチックカメラの設定をノーフラッシュにした。「ジッツオがあれば」とまたしても思ったが、ないものは仕方がない。数枚の撮影をしたあとで、ふと気になることがあった。彼は燭台を人形の袖口に近づけた。右手に燭台をかかげ、左手で人形の手首を少し持ち上げて観察した。袖口にはほころびがあった。
「かつて少女が着ていた服らしい」
着衣のあちこちを観察すると、ほころびは至るところにあった。髪に触ってみた。
「やはり」
手で触った感触では「人間の髪だ」としか思えなかった。事情がわからず戸惑うばかりだったが、なにかストーリーを秘めた人形であることはまちがいない。
「言葉が通じないこの地で、どうやってそれを探る?」
前途多難を思い半ば呆然とするような気分だったが、この奇怪な状況に次第に魅せられている自分もまた十分に意識していた。ともかくこの暗がりではどうしようもない。オートマチックカメラとはいえ、撮影もしたことだし……
「やはり行くしかないな」
彼は燭台を持ってその部屋を出た。寝室を通過し、地下室に降りていった。ふと客観的にいまの自分の行動を見て苦笑した。「これだから異国は面白い」と思った。パンを買うつもりで気軽に入った店が、棚にはパンなどなく、奇怪な人形が座っていた。調理室かと思って入った部屋が、ゴミの散乱した寝室だった。「お次はなんだ?」という気分だった。「吸血鬼の棺桶でもあるのかね?」
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そこは作業室だった。
「なんと人形をつくる部屋か?」
広さは寝室と同じぐらい。寝室の真ん中にはベッドがドンと置かれていたが、ここでは大きな机が中央にあり、道具棚に囲まれていた。机上には手足が散乱している。婦人と老人はテーブルの向こう側に立っていた。同時にTTを見たが、婦人はなにかの理由で老人をきつく責めている最中らしく、相変わらずの剣幕でわめいていた。彼女の手には衣類がある。一方の老人は完全に黙秘を決めこんだ様子だ。うなだれてはいるものの、激しい剣幕の言葉に対して全く返事をしなかった。
机上には最初から燭台が置いてあったのだろう。そこに1本のロウソクが立っていた。TTは少し離れた位置に自分が持ってきた燭台を置いた。改めてロウソク2本の光で室内を見回すと、棚のひとつに見慣れた「足」が出ていた。彼の心は踊った。紛れもなくジッツオだった。ジッツオを握ったその手で老人をガツンと一発殴ってやりたい気分だったが、その代わりに彼は大声をあげた。
「ほうら見ろ!やっぱりこの家にあった」
再びふたりはほぼ同時にTTを見たが、状況は同じだった。老人の表情に変化はなく、婦人の剣幕も同様だった。あきれたものの、ともかくこれで目的は達成したのだ。TTはそのまま地下室を出ようとして、ふと心が動いた。老人の表情を注視しながらオートマチックカメラを構えた。ふたりを外したアングルで室内を撮る仕草をして、老人に見せた。「今度こそ」となにか反応を期待したのだが、それでも老人の表情に変化はなかった。
「ああそうかい」とTTは声を発した。「……じゃあ、遠慮なく撮らせてもらうよ」
彼は悠々とジッツオを立て、ノーフラッシュで室内を撮影した。しかし数枚を撮影した時点でハッと気がついた。手許にジッツオがあるじゃないか。こんな部屋の撮影よりもっと撮影したいものが上のベッドにあるじゃないか。彼はさっさと地下室を出た。
…………………………………… 【 つづく 】
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