【 魔の湖底 】(6)

冒頭から余談で申し訳ないが、今回の「魔談」は連載200回目となった。2016年4月8日から開始したエピソード1「魔の踏切」は全5回、エピソード2「悪魔談」は全13回、ときっちりと記録をつけてきた回数の合計なのでまずまちがいない、と思う。
人類の進化と発展に全くなんの寄与もしない、どころかむしろ足をひっぱるような暗くおぞましい話を毎週金曜日に語り、よくもまあ200回も飽きもせず続けてきたものよと我ながら呆れるが、個人的には「魔談は文章修行の場」と考えており、そのように考えるからには「修行をサボるわけにはいかんでしょ」という気合で維持してきた。

とはいえ200回の文章修行で少しはマシな文章になったかと言えば、これはもう沈黙するしかない。誠に文章を綴る力というのは測りがたい。絵であれば、点数を重ねて描いているうちに「これは割合に上出来かもしれない」というお気に入り作品が必ず出てくる。しかし文章は書いても書いても上達したのかそうでもないのかさっぱりわからない。手応えのようなものを感じることがなかなかできない。
しかし副次的に「これは(魔談を続けた)成果だな」と思うこともあった。そのひとつは今までの人生で貯めてきた膨大な数のスケッチブックを少しずつ整理し、魔談執筆のために役立つ資料レベルにようやくなったことだ。

私の場合、スケッチブックというのは文字どおりただスケッチするだけのものではない。一種の絵日記、雑記帳、アイデアノートのような役割を兼ねている。日常的なスケッチに交じって、日付やメモや「思いつき」や、「昨夜見た夢のワンシーン」や「奇妙に感じた街の広告表現」や「電車の中で耳にした女子高生の面白い言葉」や、そういう雑多なものをじつにごちゃごちゃと書いたり描いたりしている。酔った勢いでなにか着想を得て描いたらしく、ゆがんだ歯車のようなものが複雑に噛み合っている奇妙な図まである。なにを描いているのかさっぱりわからない。そういうものまである。

そうしたスケッチブックから得た資料をもとにして「魔談」を書き、書きながら記憶を整理し、ひとつのエピソードとしてまとめることができた。「魔談効果」と呼んでいいかもしれない。今回の「魔の湖底」もその当日に描いたり書いたりしたものがなかったら、まずこうした作品になることはなかっただろうと思う。
改めてこのような場を提供してくれたホテル暴風雨オーナー・風木一人さんに感謝したい。

…………………………

「かなり昔の話だが……」と男は言った。
古来から琵琶湖の周囲、あるいは水上で様々な戦いが繰り広げられてきた。
「壬申の乱を知ってるか?」
「壬申の乱!」
これはまた古い時代の話だなぁ、というイメージしかなかった。高校の日本歴史の教科書の、最初の方に出ていたような気がする。ということは平安時代よりもっと前……ということは。
「万葉集の頃の話ですか?」

「まあそうだ」
男はメモを見ながら言った。「大化の改新」では中大兄皇子として知られる天智天皇は、琵琶湖をこよなく愛した。天智天皇は大津で近江朝を開いたが、彼の崩御直後に発生した「壬申の乱」により、大津はたった5年で消える都となった。西暦670年頃の話である。

「琵琶湖のあたりをおさえた者が日本を制する、という考えですね」
だからこそ信長も琵琶湖畔に前代未聞のものすごい城を建てたのだろう。天智天皇の時代は古すぎていまひとつピンと来ないが、信長の安土城がかつてあった場所には行ってみたいと以前から思っていた。

「万葉集の時代からな、船で戦って湖底に沈んだヤツらがいっぱいいる」
「……」
「そいつらはほとんど浮いてこない。みんなウミの底の、一番深い場所に集められる。そこはまあ、天然の冷蔵庫みたいなところだな。大昔から続く死体の博物館だ」

私は黙って男のニヤニヤ笑いを眺めていた。なんとなく彼が目標としている仕事の輪郭が、おぼろげながら見えてきたように感じた。その笑いを含んだ視線の先に私の胸ポケットがあり、そこには色鉛筆が並んでいた。

……………………………………    【 つづく 】

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