魔の絵本(1)エドワード・ゴーリー著「優雅に叱責する自転車」

<この投稿は暴風雨サロン参加企画です。ホテル暴風雨の他のお部屋でも「優雅に叱責する自転車」 に関する投稿が随時アップされていきます。サロン特設ページへ>


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もし「魔の絵本作家」という暗黒称号を与えるとすれば、それは誰だろうか。風木一人か。
「あははー」とウケたあなた。「あんな穏やかで優しい人が」と思っているでしょ。しかしその可能性はゼロとは言えない。あなたが「スターウォーズ」物語のおおよそを知っているとして、「ファントム・メナス」を観た時にどうでしたか。あの金髪おさげの超カワユシ少年が後に……と悟って「えーっ」とショックを受けたでしょ。ことほど左様に物語とは最も意外にして恐ろしい結末こそが、「遠い昔、はるかかなたの銀河系」から後世に語り継がれる名作たりうるのだ。

その暗雲兆候もすでに発生していると筆者は見ている。昨年11月、風木絵本作家は世にも恐ろしい絵本をつくった。「ニワトリぐんだん」!
こういう「絵本にあるまじき恐怖絵本」を企画して平然と世に送り出すあたり、彼がこの勢いで暗黒フォースを手中に納め、停滞しきって流れが止まり悪臭を発し始めている日本出版界に一大暴風雨を巻き起こし(彼はすでに「暴風雨」という言葉を日常的に愛用し始めているではないか)、「絵本界のダースベイダー卿」となって世界に君臨する日は近いと筆者は大いに期待している。

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さて個人的な期待談はこのあたりにしておこう。この回は「魔の期待」ではなく「魔の絵本」である。
エドワード・ゴーリー。この名を知っている人は「ああなるほど。確かに」とニヤッと笑って同意するかもしれない。いや同意する人はきっと多いに違いない。今回はこの特異な絵本作家とその作品につき語りたい。

筆者が最初にゴーリーの絵本を手にしたのは、書店や図書館で自分で選んで書棚からひっぱり出したのではなかった。場所はカルチャースクールで、時刻は昼飯時だった。
サンドイッチと缶コーヒーで軽い昼食をとっていると、目の前にゴスロリファッション系の生徒が来た。彼女が受講している「イラストレーション」はその日の前日だったので「なんか質問でもしに来たか」と思っていると、棺桶の形をした黒いバッグから2冊の絵本を出して並べた。それが「ギャシュリークラムのちびっ子たち」と「優雅に叱責する自転車」だった。
「なんだかブラックなテイストのペン画だな。いかにもゴスロリの棺桶から出て来そうな絵本だな」と思いつつその表紙を見ていると……
「知ってます?」
20代前半の女性にしてはやや低い声で聞いて来た。
「知らん」
彼女はその返答に喜んだようだった。
「ぜひ読んでほしいです。REIセンセならきっと好きになります」と言い、「……昨日、私が描いた自転車はココでちゃんと走ってます」とつけ加えた。

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話は1日前の「イラストレーション」講義にさかのぼる。
「我々は、普段、見慣れているものであっても、じつは全然わかってない」と講師は言った。生徒にスケッチブックと鉛筆を机上に出してもらった。
「はい、目を閉じて。……頭の中で自転車を再現してください」
「……ゆっくりと、リラックスして……しかし再現は、なるべく細かく」
「……では目を開けてください。……さて、今から15分でその自転車を描いてください」
「……言うまでもないことだが、スマホを見てはいけない。なにも見てはいけない。ちゃんと走る自転車を描くこと」

教室にいたのはざっと20人ほど。大半は妙齢の女性たちである。なにも見ないで自転車を15分で描く。この課題は女性にとってはいかに難題か、講師は十分に承知している。余計な靴音を全くたてないコンバースのハイカットで生徒たちの間を忍びやかに巡りつつ、講師の密かな悪趣味が開始される。じつはこの講師は絵など見ていない。彼女たちの苦悶の表情を観察しているのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )

「優雅に叱責する自転車」エドワード・ゴーリー 柴田元幸訳 河出書房新社

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『ニワトリぐんだん』風木一人 田川秀樹 絵本塾出版

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※暴風雨サロン参加企画:0419号室の中本速さんの詩「夕方に出席する受検者」もぜひどうぞ。

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