【 生物学魔談 】魔のウィルス(8)

【 デマゴーグ 】

「中国は欧州制覇戦略の第二段階として、イタリアに新型コロナウィルスをまき散らした」
まるで細菌戦争小説のような話だが、もちろんこれはデマである。しかしフィレンツェでこのフェイクニュースを知った友人画家は「心の芯が凍るような」(本人の表現)恐怖を感じたという。このデマと同様の悪質なフェイクニュースが、あたかも上空を覆うカラスの大群のようにイタリア全土を覆い尽くす情景を連想したそうだ。彼は無数の悪意を感じ、目眩を覚えた。

「カラスの大群!……まるでヒッチコックだな。それにしてもすごいデマだな。戦争してもいないヨーロッパ最大の友好国に、ウィルスをばらまいたというのか」
「デマゴーグの仕業だね。デマゴーグはこっちの宗教感覚で言えば、まさに悪魔だよ。善人の背後に忍び寄って耳元でささやく悪魔の絵がこっちには至るところにある。頭はいいが心が病んだ悪人が、こういうストーリーをつくって、パアッと流す」
「悪人?……デマゴーグというのは人のことなのか?……デマのフルスペルがデマゴーグだと思っていたが」
「デマのフルスペルはデマゴギー。ドイツ語だよ。悪意でデマをつくって流すやつらがデマゴーグ」
「なるほど」
「このデマにはつづきがあってね。中国はじつは自分とこで培養した生物兵器ウィルスだから、すでにワクチンも持ってる。しかし当然ながらワクチンの存在は隠し、多少の自国民の犠牲は承知の上で、パンデミックをわざと巻き起こす。その最初の一手がイタリアだと」
「どこやらの映画で見たような話だな。しかし確かによくできたストーリーだ。最初の一手がヨーロッパ最大の友好国イタリアだというのもすごいな」
「国同士の付きあいなんて、所詮はキツネとタヌキの化かしあいだよ。右手で握手し、左手は背後でナイフを隠し持ってる。右手に札束、背後の左手にウィルス。最終的には宿敵アメリカもこのウィルスでガタガタに弱ったところを倒す。現にアメリカはいま相当のダメージを受けてるしね」
「トランプの怒り爆発だな」
「トランプだったら大騒ぎするだろうというのも計算のうちらしい。そのトランプなんだけど、こっちではしばしばデマゴーグだと言われてる」

テレビ報道における様々な人の発言だけでなく、街頭での反戦デモで見かけた横断幕でも「トランプはデマゴーグ」と書かれた文字をしばしば見かけたという。

「つまりデマを作って飛ばす悪人とは違う意味があると?」
「そう。調べてみたらね、煽動的民衆指導者という意味だった。これはちょっと意外だったね。古代ギリシアにその名の人物がいたらしい」
「なるほど。もともとは政治家の名前なのか」
「そうらしい。社会的経済的に低い階層の人々に強い言葉で現状を訴え、権力を得ようとする政治家」
「まさにトランプだな」
「なんだか最悪のコマが揃ってきたような恐怖を感じる」

……………………………

「まさか自分自身がこのような実体験を……」と友人は思ったそうだ。彼はもともと中世に全欧州を恐怖の底に突き落としたペストに興味を持ち、その後に描かれた数多くの宗教絵画を研究してきた画家である。「魔のウィルス 6」でとりあげたカンポサント(ピサ)にもたびたび通い、その壁に描かれたフレスコ画を飽きることなく見つめて一日を過ごすような画家なのだ。しかしそこに描かれた世界は彼にとってはあくまでも研究材料であって、「中世の人々がどのようにペストと接し、恐怖と不安におののき、神にすがり、あるいは神を疑ったか」というものだった。その恐怖体験がまさか自分の人生で目の当たりにしようとは思っていなかったのだ。

「むしろ好機じゃないか。よりその世界に肉薄できるだろ?」
「そうとも言えない。密林の恐怖を描くのに、密林にいる必要はない」

……………………………………    【 つづく 】

…………………………………………………**

魔談が電子書籍に!……著者自身のチョイスによる4エピソードに加筆修正した完全版。amazonで独占販売中。
専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。