【 魔のウィルス 】16

【 愛星家 】

「ノストラダムスと言えば、どんな肩書きを連想する?」とフィレンツェの友人が言った。
「予言者!……あ、これは肩書きにはならんか」
「当時は占星術師(Astrologue)ということにしていたらしい。BBによれば、晩年には自分の本の肩書きで愛星家(Astrophile)と名乗ってる」
「愛星家!……面白いねえ。天体愛好家みたいだな」

ノストラダムスは子供時代から占星術に興味を持っていたらしい。占星術少年だったのだ。
子供時代から占星術や各種の占いに興味を持ってのめりこむ子は、フランスではわりといるらしい。BBもそうだ。彼女は10歳あたりで3種類のタロットカードを持ち(そのうちのひとつは子供用のタロットカードだったというから驚く)、それらを自在に操る占い少女だったという。クラスメイトたちからもよく占いを頼まれたそうだ。タロットカードの絵札を毎日のように眺めているうちに、画家を志すようになったらしい。

「なにしろノストラダムスが生きていた時代は、予言者で有名になっちゃったら、ちょっとやばい。ヘタをしたら宗教裁判とか異端審問会にかけられる。彼はカトリック教徒だからね」
「宗教裁判!……怖い時代だな。映画〈ジャンヌ・ダルク〉を連想するね」
「ジャンヌ・ダルクはもうちょっと古い時代だけどね。似たような風潮の時代だよ。うっかりと冗談も言えない。〈その発言は神の冒涜だ!〉なんてことになったら厄介なことになる。女だったら魔女、男だったら魔法使い。いまの時代のファンタジックなイメージなんて全然ない。この時代の宗教裁判なんてのはもう、その裁判に引きずり出された時点ですでに有罪確定みたいなものだったらしい」

BBは時々「水鏡占い」にトライするという。ノストラダムスはなにかの未来について真剣に知りたい時は「水鏡占い」をしたからだ。
「水鏡占い!……なにそれ?」
「大きな鉢に水をなみなみとはる。その水面をじっと見つめて集中する」
「ははあ、水晶の球を見つめて占いをするとかいう話は聞いたことがあるけど、そんな方法もあるのか。それならお金もかからんし、どこででもできるな」
「ただしものすごくエネルギーを消耗する。それにその方面の才能がないと無理とかで、BBも何度かトライしてダメだったらしい」

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【 16年の放浪 】

「ノストラダムスは確か奥さんをペストで失くしてるよね?……それは予言できなかったのか?」
「最初の奥さんと二人の息子をペストで失ってる。あれほどの人だからね、見えていたのかもしれない。しかし回避はできないから黙っていたのかもしれない」

医者でありながら、ペストで妻も息子も失った。しかも妻の実家が「娘を救えなかった。持参金を返せ」と言ってきた。さらに「教会が彼の言動を問題にしているらしい」という噂を耳にした。ノストラダムス人生最悪の時期かもしれない。彼は放浪の旅に出た。しかも1538年(ノストラダムス35歳)から1554年(51歳)まで放浪していたというから、なんと16年間も放浪生活を続けていたことになる。当然ながら、その間はどこでなにをしていたのか、よくわかっていない。

「16年間!……こういうのはもう、放浪という簡単な言葉じゃ片付けられないね。それにしても長い!」
「謎めいた行動の人なんで、やはりというか後世になって伝説がいっぱいできてしまったようだね」

ノストラダムスは放浪中も予言の能力を隠そうとはしなかった。道を歩いている時でも、人を見て電撃的にその人の未来や運命を察知するようなことがあったらしい。
ある時彼はミラノですれちがった若い修道僧の前にひざまずき、「猊下」と言った。ついで「私は法王猊下の御前にひざまずいているのだ」と周囲の通行人に向かって言ったという。その修道僧は、40年後にローマ法王になった。

「驚いたな。すれちがった修道僧を見ただけで、40年後に法王になった彼が見えたというのか。この話は作りごとじゃないのか?」
「わからんが、BBは事実だと言ってる」
「具体的にはどう察知するんだろう。40年後の光景がパッと一瞬見えたりするのかね?」
「それはきっと本人でないとわからない感覚だろうね。凡人にはさっぱりわからない」
「しかもそれを周囲の通行人とかに話すという、その自信というか積極性というか、これはすごいね。一種の売名行為と思われても仕方がないんじゃないの?」
「その心理も本人でないとわからないだろうね。自分ひとりが察知しただけじゃ抑えきれない、爆発的な、フラッシュみたいなものをキャッチして、思わずひざまづいたのかもしれん」
「こう考えることはできないか。ミラノでノストラダムスから〈猊下〉と呼ばれたことで、その修道僧は〈なんと自分は法王になるというのか〉とにわかに法王を意識した行動をとるようになった。その意識はあらゆる点で修道僧の言動や行動を変革し、ついには法王になる道を切り開いて行った、とかね」
「そういう考え方も面白いね」

友人はこの話をBBに話した。するとBBはうっすらと笑って「法王は会社の社長じゃない。万人の修道僧にその道が開いているんじゃない。どれほど努力したって、絶対になれない修道僧が大半」と語ったという。そしてその直後、奇妙なことを言った。
「その話をしてきたあなたのお友達は、自分の絵だけじゃなくて、自分の文章にも相当にこだわってあれこれ書いてる人でしょ?」

……………………………………    【 つづく 】

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