【 魔のウィルス 】18

【 なんのための予言か 】

フィレンツェ在住の友人がBBについて語ってくる説明で、ちょっと気になる言葉があった。彼はBBを「ノストラダムスの研究者」と書き、また「ノストラダムスの信奉者」とも説明していた。もちろん我々のメッセージ交換はのんびりした雑談であり、言葉の端々にまで気を使うようなものではない。……とはいえ私は画面に表示された「信奉者」という3文字をしばらく眺めていて、「そうか。彼女はノストラダムスの信奉者なのか」と改めて思った。

研究者と信奉者では全然違う。これを「ノストラダムス」ではなく「悪魔」に置き換えてみればよくわかる。「悪魔の研究者」ならなんの問題もない。世界中にゴマンといるだろう。しかし「悪魔の信奉者」ならこれは問題だ。「信奉」とは「最上のものと信じてあがめ、それに従うこと」とある。
そのことを友人との会話に持ち出した。

「結局それは、ノストラダムスの予言を信じている、ということなのか?」
「ああそのことなら、オレも一度、彼女に聞いてみたことがある」

ノストラダムスの予言者としての特殊な能力には、疑いの余地はないという。ただ彼が残した多数の詩をめぐり、周囲の俗人がよってたかって誇張・改ざん・誤訳・でっちあげ……そうしたものが複雑怪奇に混ざってしまったものが後世に残ってしまったというのだ。

「なんだかウンザリするような話だな。ノストラダムスはそうした自分の予言の運命についてはどう考えていたのかな。彼のことだから、自分の死後、自分の詩集がどんな運命をたどることになるのか、見えていたんじゃないのか?」
「ある程度見えていたというか、予想していたのかもしれん。しかし彼の場合は自分が見たり知ったりしたことを〈詩という形式で表現する〉という仕事のみに集中した。それ以上の行動は避けていたらしい」
「面白い話だね。それ以上の行動というのは?」
「たとえば自分の運命を変えようとか。自分の行動によって今後の世界を変えようとか」
「ははあ。未来を変えるような行動はつつしんだ」
「……というよりも〈未来は変えられない〉あるいは〈未来を変えてはならない〉という考えだったんじゃないかな」
「ふうん。未来を変えてはならないのなら、なんのために予言はある?……BBがやってるタロットカード占いだってそうだろ?……未来の厄災を回避するために占いをするんじゃないのか?」
「その点はちょっと微妙だね。確かに予言と占いはどこか似てる。予言は広範囲の人間に起こりうる未来、占いは個人に起こりうる未来を透視する術と言える」
「そう、そこなんだよね。予言も占いも、人類の未来や個人の未来をいい方向に導くためにやるんじゃないのか?」

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【 集合意識 】

我々の会話は3日間、中断した。友人はこの件でBBと会って質問したかったようだが、BBが体調を崩してしまったらしい。

「体調を崩した!……まさか新型コロナウィルスじゃあるまいな?」
「ワインの飲み過ぎらしい」
「ワインの飲み過ぎ!……二日酔いかよ。フランス女らしい体調不良だな」
「彼女の悪口を言うとやばいぜ。たちまち察知して今夜の夢に登場するかもな」
「結界を張っておくよ」
「もったいないことを言う男だな。オレなら大喜びでウェルカムだけどな」

友人は1輪のバラを持参でBBを見舞いに行った。しかしドアに出てきたのはルームメイトの女性で、BBの顔を見ることはできなかった。その時に聞いた話では、BBは単なる二日酔いではなく「気分が冴えないのでふさぎこんでる。自分の部屋から出てこない」ということだった。
その帰路、友人は画家仲間がいつも集合しているカフェに寄った。そこで数人の仲間から「BBからこんな話を聞いたことがある」と、ちょっと面白い話を仕入れてきた。

「予言というのは、これはまあBBの場合は、ということらしけど……未来から発信される集合意識のかけらみたいなものを察知することだと」
「集合意識!……なんだか一気にスピリチュアルな話になってきたな」
「もうこうなってくるとオレにもよくわからん。……ただBBはやはりというか、ちょっと特殊な能力を持っているらしくて、たとえばよその国で大勢の人間がドッと死んだりすると、その苦痛とか悲鳴とかを瞬時に察知して、数日寝込んだりするらしい」
「驚いたな。自分だけで察知するのか」
「どういう察知の仕方をするのか、本人でないとわからん。相当の打撃を受けるらしい。電車が脱線転覆した時も、大勢の人間の悲鳴とか苦痛とか、そういうのが一瞬で彼女を貫いて消えて行ったらしくて、ティーカップを床に落として割ったらしい」
「驚いたな。その脱線転覆事故はどこで発生したんだ?」
「そういうことはわからんらしいよ。とにかく悲鳴のかたまりみたいなものが体を突き抜けて行ったのだと」
「ふうん。それが未来の出来事だと察知した場合は、予言になるわけだな」
「まあそういうことだろうね」

……………………………………    【 つづく 】

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