【 魔の寒 】( 短編魔談 3 )

【 大寒気団 】

「数年に一度の大寒気団」とやらの招かざる団体さんが大陸からお越しらしい。すさまじい寒波と積雪である。遅すぎた非常事態宣言、急速にして計り知れない可能性の新型変異コロナウィルス、そして「なんでいまこの時期に?」と天を仰いで呪いたくなるような、日本列島を襲う猛烈な寒波と積雪。

「泣きっ面に蜂」という言葉があるが、「魔の年」とは、まさに今年なのかもしれない。しかしこの先、どのような苦難が待ち受けようとも、我々はそれを乗り越え、いずれは笑い話として共に語り合える時代が来ると信じたい。

「笑い話?……不謹慎な。信じがたい数の人が死んでるんだぞ」とあなたはいま思ったかもしれない。それについては幾重にもお詫びする。しかしこんな話を御存知だろうか。かのアウシュビッツ強制収容所を占領して囚人たちを解放したとき、占領軍は骨に皮が貼りついたような生存者を数名救出した。直視に耐えないような彼らの姿を見ながら、最も聞きたいことをまず尋ねた。なんであなたがたは生き延びることができたのかと。

すると彼らはほとんど骸骨のような顔面に、不気味に近い笑みを浮かべて答えた。彼らは毎日、仲間にジョークを飛ばしていた。それが生きがいだったと。じつに驚くべき話である。限界をはるかに越えて彼らを生かし続けていたものは、宗教ではなく、愛国心でもなく、復讐心でもなく、ただのジョークだったのだ。今日はこれを言って、仲間を笑わせてやろう。その楽しみだけで、その楽しみだけが、骨と皮の骸骨人間になっても、彼らを生かし続けていたというのだ。

極論かもしれないが、笑いこそが罪多き人類に残された救いであると私は信じる。いかに悲しく絶望的な状況にあっても、笑って立ち向かって行こうではないか。魔談の根底に笑いあり。私の魔談執筆コンセプトである。

……………………………

【 悪天候効果 】

私は悪天候を「これ幸いに」気分で洋画に走ることがある。
たとえば夏。頭上で雲行きが怪しくなり、まさに「一天 にわかに かきくもり」といった暗雲兆候。ゴロゴロとやり始めると、「おおっ」と喜び、まさに好機到来、DVDコレクションの棚に走る。「フランケンシュタイン」を取り出して来る。
さらに天候が悪化。ゴロゴロピシャーンなんてことになろうものなら、じつに映画音響の効果倍増。なにしろ標高650mの岐阜県の山村に移住し、築70年の(元々はお蚕屋敷として造られたらしい)古民家に住んでからというもの、雷鳴で家屋が振動するという事実を初めて知った。さすがは標高650mである。平地ではこうはいかない。知ったからには利用しない手はない。近くの樹木に落雷し、大地の振動と共にこの古民家を真っぷたつに割るようにして倒れてくるかもしれぬという恐怖を肌で感じながら観るフランケンシュタインのすさまじさ。山村移住の醍醐味、ここに極まるという気分である。

【 魔の寒 】

さて本題。
今回は「数年に一度の大寒気団」到来を祝し、とびきりの極寒シーンを紹介したい。魔談では以前に絶賛した映画「シャイニング」もまさにそのひとつなのだが、いまひとつ、「これは寒い!」というとびきりの極寒映画がある。

「遊星からの物体X」
御存知だろうか。鬼才ジョン・カーペンター監督の最高傑作と評されるこの作品は、「他に類を見ない寒さ」と言っても過言ではない。なにしろ南極。なにしろ越冬隊。なにしろ12人の男だけ。隔絶で、極寒で、恋愛ナシである。いったいなにが楽しくて(悲しくて)、この男たちは真冬の南極になんぞいるのか?……という疑問をぶっ飛ばすほどに、隔絶された世界で奇怪千万な事件が勃発する。「エイリアン」が初めて映画世界に登場した時に「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」というなかなか印象的なキャッチだったが、南極だって、12人の男たちの悲鳴は誰にも聞こえないのだ。

キャッチと言えば、この「遊星からの物体X」のキャッチもなかなか。
「全世界トラウマ」
まあ全世界にトラウマを与えたかどうかはともかく、「長い長い冬眠から蘇った奇怪千万な異星人との戦い」という設定のこの映画が面白いのは、異星人の侵略の仕方がキタナイという点にある。「侵略にキレイもキタナイもあるか。勝てば官軍」というのが正論かもしれないが、映画「インデペンデンス・デイ」のように正々堂々、正面から(正確に言えば真上から)戦いを挑んでくるのではない。この気色悪い異星人は我々の肉体をのっとり、我々に「なりすまし」てしまうという卑怯千万なヤツラなのだ。異星人に体をのっとられてしまった隊員はなに食わぬ顔で仲間と交流し、隙を見て「のっとられ仲間」をじわじわと増やしていく。

そうした侵略の仕方が判明し戦慄したとき、隊員たちはお互いを疑いの目で見始める。まさにいまの暗雲漂う社会現象、「コンビニで他人を見れば、コロナ感染者だと思え」といった疑心暗鬼ただよう社会と似ているではないか。新型コロナウィルスこそが「全世界トラウマ」のキャッチに値する脅威なのかもしれない。

さてこの寒い映画で、最も寒いシーンはどこか。全編寒いのだが、私はやはりラストシーンの「救い難い寒さ」を推したい。結局、基地は壊滅にして火の海。異星人は逃亡。火事となって燃えている眼前の炎が消えてしまったら、暖をとるものはもはやなにもない。自分たちの命もそれまでだろう。

そんな絶望的な中にあって、最後に生き残ったふたりの男はまるで雑談でも楽しむかのように酒を飲みたんたんと会話する。じつにハード。「極寒ハード」とでも賞賛したいラストシーンだ。ご存じないかた、この「全世界トラウマ映画」は、新型&変異コロナウィルス侵略時代・ステイホームのいまだからこそ一見の価値あり。気候も人心も寒い時節にはとことん「極寒」を楽しもうではないか。

……………………………………  * 魔の寒・完 *

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