【 愛欲魔談 】(4)痴人の愛/谷崎潤一郎

【 ロリコン 】

ロリータ・コンプレックスという恋愛感情というか性癖というか、そういう言葉(和製英語)がある。略してロリコン。日本語では少女愛。
この「ロリータ」は美少女全般の代名詞のように思っている人が多いのだが、元々は小説の題であり、さらに映画の題でもある。しかも映画は2作品ある。

1962年/イギリス映画/スタンリー・キューブリック監督
(モノクロ映画/原作者のウラジーミル・ナボコフが脚本も書いている)
1997年/アメリカ/ドラマ映画/エイドリアン・ライン監督

両作品とも少女ロリータに溺愛の男が登場する。この男がロリータに対してどのように愛欲に溺れ破滅していくのかは、いずれこの愛欲魔談シリーズでゆるりと語りたい。

さて「痴人の愛」。この話に登場するロリコン男はどういう末路をたどるのか。
主人公・河合譲治は28歳の独身男である。彼は電気会社に勤める技師であり、その技能に見合う高給とりであり、会社では堅物のイメージで通っている。加えて下宿暮らしなのでお金には全く不自由していない。
まさに絵に描いたような独身貴族なのだが、昨今でいうところのイケメンではなく、もちろんチャラ男でもない。むしろ真逆に近いタイプの地味な男で、自分のルックスが秀でたものではなく極めて凡庸というか大したものでないことは十分に認識している。全くもって「こんな堅物にいったいどんな事件が持ち上がるというか」と思うようなスタートなのだ。

そのようなところがさすがは谷崎というか、光源氏のような「千年前のスーパーイケメン女タラシ貴公子」のナンパ行動に我々が即座に共感できるとは到底思えないのだが、河合は極めて庶民的な男なのであって、読者に対しより身近な存在としてグッと迫ってくるのである。「ああ、よくある話だね」とまではいかないまでも、いかにも身近にいそうな男がズブズブと底なし沼に沈んでいくように、次第に奇妙な愛欲人生に翻弄されていくのだ。

【 トー横キッズ 】

泥沼の最初のきっかけは酒場から始まる。浅草にある「カフェ・ダイヤモンド」。店名がまた良いではないか。谷崎がこの話を大阪朝日新聞で連載し始めたのは1924年(大正13年)で88年も前の話なのだが、いまの時代のキャバレーでも十分に通用しそうな店名だ。

その店で河合は見習い給仕ナオミを見染める。ナオミはまだ15歳。今ならその時点ですでに問題だが、まあそこは時代を考慮して読み進むとしよう。いやしかしいまの時代でも「オジサン 少女」構図は相変わらず発生している。東京の真ん中でも社会問題となるぐらいに発生している。

「トー横キッズ」は御存知だろうか。まさに現在の話である。
新宿・歌舞伎町の一角。通称「トー横」。そこに毎晩のように群がる中学生や高校生たちがいる。少女たちは共通ファッションの子が多い。黒のゴチックロリ系、厚底ブーツ、病んでいる心を表現しているかのようなすごい濃いアイライン。別ファッションの子たちから「地雷系」と呼ばれているらしい。なにが「地雷」なのかよくわからんのだが、奇妙なネーミングを考えるものだ。

少女たちはその一角に昼夜を問わず延々と居続ける。路上で寝泊まりしたり、こっそりと数人でホテルに泊まったりしてそのエリアから離れようとしない。資金源は援助交際。
そう、「地雷系」と関係を持とうとする「アカン系オジサン」たちがハイエナのようにそのあたりをうろつき、「地雷系」に声をかけているのだ。全くもって地雷でボカンとぶっ飛ばしてやりたいような情けない男たちだ。

源氏物語「イケメン貴公子  保養先で見かけた姫」(1000年前)
谷崎文学「堅物オジサン 見習い給仕」(88年前)
新宿・歌舞伎町「アカン系オジサン 地雷系少女」(現在)

時代は変わり社会は変わっても「男  少女」ロリコン構図は脈々と続いている。

話を戻そう。
ナオミは15歳とはいえ、ちゃんとした店で見習い給仕として働いていたのだから、地雷系よりはまだマトモだと言える。河合が自分勝手な欲望で接近しなければ、ナオミは全く違った人生を送っていたと思われ、そっちの方がマトモな人生であった確率の方が高い。

ともあれ河合はナオミに夢中になってしまう。夢中になった途端にこの男ならではの奇妙に説得力のある、しかしよくよく考えてみれば全く異常な愛欲に突き進むことになる。

彼女を引き取る。
洋館を借りて(友人関係のような/ベッドも別の/ママゴトのような)同棲を始める。
ナオミが希望する稽古事を習わせる。(教養と作法を身につけさせる)
時期が来てナオミが(自分好みの)イイ女に成長したら、正式に結婚する。

じつに身勝手な計画を立てたものである。自分の支配下に置き、あれこれと世話をして自分好みの女に成長させ、その計画が成功したら妻にする。千年前の光源氏も、88年前の河合も全く同じような欲望を実行している。
しかし光源氏は成功したが、河合の計画は次第に破綻していく。成功談よりも失敗談の方が面白いに決まってる。読者はその失敗過程に次第に夢中になっていくのだ。さすがは谷崎。

✻ ✻ ✻ つづく ✻ ✻ ✻


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