【 年頭魔談開始 】
新年明けましておめでとうございます。今年も魔談をどうぞよろしくお願いします。
年末魔談では「クリスマス・キャロル」を語った。
年頭魔談では「モモ」を語りたい。
原作はドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデ(1929 – 1995)。
「モモ」は1974年のドイツ児童文学賞に輝いた作品である。
なぜいまこの作品を取り上げようとするのか。
コロナ禍がようやく収束しようと(せつにそう信じたい)するいま、人々はまるで数年にわたり押さえつけられて来た鬱憤をはらすかのように活発に動き始めている。通行の人々はみなマスクをし、開店している店という店はみな万全の対策をポスターや貼紙で示している。
「そもそもウィルスに対して万全の対策などというものがありえるのだろうか」などとアマノジャクなことを言ってはいけない。人類はコロナ禍時代をようやく脱しようとするかのように見える。まるで失われた時間、失われた楽しみ、失われた人脈……そういうものを取り戻すかのようだ。
私の実家は京都にある。そのため年に数回は嫌々ながら(笑)京都駅を通過しなければならない。私は人ゴミが苦手なのだ。だからこそ普段は岐阜の山奥に隠れ住んでいる。
この数年……2020年、2021年、2022年中旬までは京都駅は驚く程に人の往来がなかった。じつに通過しやすい巨大ターミナルだった。私のような男は「京都駅も意外に感じがいい。通行人の数なんてのはこれぐらいが一番いい」などと思いつつ通過したものだ。
しかし2022年12月。暗澹とした気分で予想していたことだが、これほど通行人が混雑した京都駅をかつて見たことがなかった。私は目眩の予兆めいたものを感じ(それほど人ゴミが嫌いなのだ)、京都駅構内の喫茶店に逃げこんでコーヒーをすすることにした。
熱いコーヒーカップを両手で抱えてその芳香を満喫し、なんとか平常心を取り戻して京都駅構内を眺めると(その喫茶店は京都駅構内を広く見渡せる位置にある)、通行人の往来はまるで映画の早送りだ。人々はみな自分の時計の秒針を意識して早く回しているようだ。
そう思った瞬間に、ふと「時間どろぼう」という言葉が頭をよぎった。
「そうだ、山奥に戻ったら久々でモモを読もう」と思った。最後に読んだのは9年ほど前だ。いま再読したら、コロナ禍のおかげで新たな感慨が生まれるかもしれない。
「モモを読もう」と思った瞬間に、魔談でモモを語りたいと思った。かような次第である。
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さて「モモ」(大島かおり訳/岩波書店)。
21章からなる物語である。そこで魔談も今回から21回にわたり「モモ」の各章を追いながら、あれこれ雑談やら余談やらも交えてこの名作を楽しんでいきたい。ぜひご一緒に、浮浪少女大活躍の物語を楽しもうではないですか。
第1章【 大きな都会と小さな少女 】
むかしむかし、人間がまだいまとはまるっきりちがう言葉で話していたころにも、あたたかな国々にはもうすでに立派な大都市がありました。(原作)
いいですなぁ、この出だし。「むかしむかし」「はるかむかし」「long time ago」。こうした冒頭の言葉は「古代ロマン」というイメージを喚起させる。いま我々が暮らしている時代や地域からはるかな昔、はるかに隔たった国、しかも言葉さえ違う。どんなファンタジーが始まるのだろうかとワクワクするではないか。じつはスターウォーズもこの「古代ロマン」イメージ喚起を利用している。有名なオープニングクロールは「遠い昔、はるかかなたの銀河系で……」から始まる。
次に登場するのは円形劇場。
かつて大都市には大円形劇場があり、小都市には小円形劇場があって、人々を大いに楽しませた。それいらい、いく世紀もの時代が流れた。大都市は滅び、小都市も小劇場も廃墟となった。すっかり廃れてしまった小さな円形劇場。歴史的価値はほとんどない。
「かつては、いわば貧乏人むきの劇場だった」(原作)
この表現も面白い。「なるほど貧乏人でも、たまには円形劇場に行ってお芝居を楽しむような場所だったのだな」と、どこかほのぼのとさせる話だ。しかしいまはすっかり草におおわれた廃墟と化していた。
その廃墟に、いつのまにか少女が住みつくようになった。ボロボロの衣服。くしゃくしゃの黒い髪。一見して浮浪児ならぬ浮浪少女といった姿だ。近くの住人がうわさをし始める。妙な少女が円形劇場に住んでるらしいぞ。
ついにある日、数人が少女のところにやってきた。あれこれ質問するのだが、どうもはっきりしない。しかしどうやらこのモモと名乗る少女は孤児院から逃げ出してきたらしいとわかる。虐待に近いこともされてきたらしい。
そうこうして会話を重ねているうちに、モモに同情する人も出てきた。住人たちもまた貧乏な人々だったので、その中のだれかがモモをひきとる余裕はない。そこで力を合わせてモモに手を貸し、モモが円形劇場に住めるようにした。なかなか泣かせるいい話だ。
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次回は第2章を語りたい。
モモは住人たちにとって次第に大事な存在になっていく。そんな話である。
【 つづく 】