【 時間どろぼう魔談 】モモ(17)

第17章【 大きな不安と、もっと大きな勇気 】

この章のテーマは、一言で言えば「モモの葛藤」だろう。「大きな不安」も「もっと大きな勇気」もモモの内部で起こった変化を示している。

灰色の男たちの画策により、あらゆる友人たちを奪われたモモ。孤独に耐えかね、また友人たちを救い出したい一心から、彼女はついに灰色の男たちの要求に応じる決意をする。「真夜中に会って話をしたい」という要求に黙って頷く。しかし時間がたつにつれて、どうしてもそれに従う気分になれない。モモの葛藤が始まる。

モモはついに逃避行に走る。円形劇場には戻らず、町の盛り場から盛り場へと、あてもなく歩き続ける。とうとう疲労困憊、トラックの荷台に布袋や段ボール箱があるのを見つけて、そこにもぐりこんで眠ってしまう。

ハッと悪夢から覚めたとき、トラックはゆるゆると走行中だった。モモは飛び降りた。彼女はとうとう自分がどこにいるのかさっぱりわからない真夜中の街をさまようことになった。彼女がなによりも恐れてきた孤独が、ここに至ってついにそのピークに達したような光景だ。

道路には人影ひとつなく、高層ビルがくろぐろと並んでいます。(原作)

モモは途方に暮れるのだが、このとき彼女の内部で大きな変化が起こる。

モモは急に自分の中に不思議な変化がおこったのを感じました。不安と心細さが激しくなってその極に達したとき、その感情は突然に正反対のものに変わってしまったのです。(原作)

ああこれはじつに面白い変化だなぁ、と感心するのは私だけだろうか。まさに開き直り。
「開き直り」という大転換。これは古今東西の物語の中にも数多く登場してきた重要な「転」だ。前回の第16章で持ち出した余談「孤立無援映画 BEST5」にしても、それぞれ最大のピンチに陥った主人公たちが「開き直り精神」を遺憾なく発揮し、まさに絶体絶命、「普通はこうなったらもうアウトでしょう」という局面を見事に切り抜けて生き残るところに我々は拍手するのだ。

さてそれはそうと、モモの心境にどのような変化が起こったのか。

不安は消えました。勇気と自信がみなぎり、この世のどんな恐ろしいものが相手でも負けるものかという気持ちになりました。(原作)

これはすごいですな。「向かうところ敵なし」ですな。こうした「最大の凹み」がいきなり「最大のテンション」にポーンとワープしてしまうという現象、あなたには経験ありますか?
「そんな経験、あるはずないやん!」ということであっても、これから先の人生、まだまだなにが起こるかわからんですからね。こうした「極限状態打開の特別スイッチ」が我々の中にはじつは密かに用意されている、という知識というか期待というか、そういうのがあっても良いのではないかと思う。

さて本題。いきなりマックステンションになってしまったモモは真夜中の街をどんどん歩き、だだっ広い広場に行き着く。
「あたしはここよ!」
この、一見、全くの無駄とも思える真夜中の広場での叫び。しかしこの世界では、その声は無駄どころか大きなスイッチとなって次のシーンが始まるのだ。

四方から一斉に現れた灰色の車。夥しい数のヘッドライト。映画監督がこのあたりを読んだら「おおっ、これはドラマチックないいシーンになるぞ!」と喜びそうな光景だ。バックミュージックはぜひともジョン・ウィリアムスでなくてはならない。
四方からヘッドライトで照らされたモモ。車から降りた男たちはみな、ライトの背後の暗闇に立っている。そのような状況で問答が始まるのだが、立ち直ったモモは自分を取り戻している。灰色の男たちの要求にも簡単に従おうとはしない。その要求とは?

「つまり我々はな、そのマイスター・ホラという人に一度じきじきに会ってみたいのだ」
(中略)
「我々はうんざりしたんだ。ひとりひとりの人間から1秒、1分、1時間とちびちび時間をかき集めるのにわな。全部の人間の時間をそっくりまとめてもらいたいんだ」(原作)

まさに「いま明かされる灰色の男たちの野望」といったところだろうか。
しかしモモとの問答を重ねるうちに、
「モモは自力でマイスター・ホラに会いに行ったのではない」
→「モモを案内したのはカメ」
という事実を灰色の男たちは知ることになる。もうこうなると男たちの関心は、モモではなくカメになってしまうというわけだ。

「そのカメを探さなければならん。カメというカメを調べろ!」(原作)
最後に笑えるシーンがあるというのも、エンデの巧妙なテクニックだろうか。

【 つづく 】


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