第19章【 包囲のなかでの決意 】
この章で出てくるのはマイスター・ホラ、モモ、カシオペイア(亀)だけである。マイスター・ホラが住む「どこにもない家」では、終始、静寂の中で語られる静かな言葉だけが飛び交っている。カシオペイアは甲羅に短い言葉を浮かび上がらせるのみで、多くを語りはしない。なので実質的な会話はマイスター・ホラとモモの対話だ。
ここで最も興味深いのは「灰色の男たち」が片時も口から外さない葉巻の秘密がついに明かされることだ。もちろんその秘密をマイスター・ホラは知っていたのだ。詳しくはぜひ原作を味わっていただきたいのだが、要するにこの葉巻こそが「灰色の男たち」の生命線なのだ。
(1)
人間はひとりひとりが心に「金色の時間の殿堂」を持ち、そこに(マイスター・ホラの力により)「時間の花」を咲かせている。
(2)
灰色の男たちはその「時間の花」を人間から奪うと、地下貯蔵庫に入れて凍らせてしまう。
(3)
灰色の男たちは自分たちに必要な分だけ「時間の花」から花びらをむしりとり、乾燥させ、それで葉巻をつくる。
(4)
葉巻の煙は「死んだ時間」なのだが、灰色の男たちはそれで生きている。
この話は映画で言えば、B級ホラーSFにほら、人間を捕まえて、その場で生気をチューッと吸い取るようなエイリアンがいましたな。確か「バタリアン」だったかな?……ああいうシーンをつい連想してしまうようでは私の品格もその程度ということになるのだが、ともあれ、「なるほど、それで灰色の男たちは葉巻をむしり取られたら一巻の終わりなんだな」「なるほど、それで灰色の女たちはいないのだな」と、今まで抱いてきた疑問は一気に明らかになった。
B級ホラーSFではエイリアンに生気を奪われた人間はその場で(まるで生気だけでなく水分も抜かれたみたいに)ミイラみたいに干からびて一巻の終わりだったが、灰色の男たちはもっと性悪だ。「時間の花」を少しづつ盗んで、ターゲットを「生かさず殺さず」状態にしておくというわけだ。
以下余談。
私は大学生時代、まさに「若気の至り」というかカッコづけで(ああ恥ずかしい)ショートピースを吸っていた。しかも缶で。いわゆる「缶ピー」と呼ばれる「缶に50本が入った両切りタバコ」というものがあったのだ。「なにフィルター付きのタバコ? 水で薄めたようなタバコが飲めるか?」などとほざいて両切りを(ものすごく大事に扱って毎日10本ほど)吸っていた。その後30歳前後に死ぬような思いをして(笑)禁煙を断行するのだが、じつはいまだに完全禁煙ではない。冷凍庫の奥から「缶ピー」を出してきて解凍し、1年間に1本ほど、しみじみと吸うことがある。
まあそれはともかく、私の場合はこの「缶ピー」から恩恵も受けている。(決して見苦しい言い訳ではない)……そのデザイン、「紺地にくっきりと生えた英文の白文字、そのロゴに添えられた金のハト」というパッケージデザインには当時から惚れこんでいた。今の時代のタバコのような「おぞましい警告文がこれみよがしにベタベタと貼られた見るも無惨なパッケージデザインの末路」以前の、当時はじつにすっきりした素晴らしいデザインだった。
私が最初に「デザイン」というものを意識し賞賛し「将来はこういうものをデザインできる職を目指したい」と惚れこんで毎日眺めていたのが、この「缶ピー」だったのだ。
さて本題。
灰色の男たちの悪事が全て明かされたところで、いよいよモモに、最終にして最困難な任務が与えられる。もちろんマイスター・ホラがモモにその任務を与えるのだ。
モモは、はっきり言って、これまでは活躍らしい活躍はほとんどなにもしていない。初めてマイスター・ホラの「どこにもない家」にたどり着いた時もただ亀について行っただけで、こんなことは誰にでもできる。しかし読者はこれまでの経緯で、モモの「モモならではの」可能性を知っている。「いまかいまか」と期待して待ち続けてきた「モモにしかできない大活躍」がようやく「マイスター・ホラが与えた任務」という形で見えてきたのだ。
さてその任務内容とは、
(1)
普段は眠らないマイスター・ホラが眠りにつくことで、時間の配給が止まる。
(2)
時間停止に気がついた灰色の男たちは大騒ぎ。すぐに地下貯蔵庫に走るに違いない。
(3)
モモはその地下貯蔵庫に行き、彼らが地下貯蔵庫から時間を取り出す仕事の邪魔をする。
(4)
地下貯蔵庫に蓄えられている「盗まれた時間」を解放する。
(5)
以上の任務を全て1時間でやる。
これはもう「困難」なんてレベルじゃなく、まず無理でしょう。しかしカシオペイアが一緒に行くと言い出す。モモは(役に立つとはほとんど思えない)亀の同行に元気づけられて、やるきになるのだった。
【 つづく 】