【 推理小説のシステム 】
今回は「奇怪なる謎多き殺人事件」から始めたい。
……と言うと、どうですか? いまあなたの内部に「ようし、ひとつ聞いてやろうじゃないか」という一種の挑戦意欲、一種の謎解き意欲みたいなものが芽生えましたか?
芽生えたあなたは、おめでとうございます。あなたは推理小説にハマる可能性がある。そのジャンルの小説を存分に楽しむことができる人種と言っていいだろう。
このようにしてホームズに心酔し、ポアロに心酔する人々が後世に輩出してきたのだ。ホームズに至っては「聖書に次ぐベストセラー」とまで言われている。ポーが墓石の影からそれを知ったらなんと言うだろうか。「くそう!もっと「デュパンもの」をガンガン書いて儲ければよかった!」とうめくかもしれない。
実際、その可能性はあったのだ。じつはデュパン登場の小説はこの「モルグ街の殺人」だけではない。これに続く「マリー・ロジェの謎」、さらに「盗まれた手紙」と、デュパンは3作品に登場しており、それらは「デュパン3部作」と言われている。
驚いたことにポーはホームズ登場の地固めのような「スター探偵シリーズ」をすでに書いていたのだ。超人的な推理で事件を鮮やかに解決へと導く名探偵を生み出し、「さて今回の事件はどう推理する?」といったシリーズものも開始していたのだ。思わず何度も言って(書いて)しまうが、「ポー40歳で他界」は残念すぎる。
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さて推理小説というジャンルには、独特の共通点や、ひとつの約束事みたいなものがある。
(1)事件(その多くは殺人事件)には奇怪な謎が絡んでいる。
(2)事件の目撃者や関係者から証言を得ることができるが、謎はますます深まる。
(3)警察はメンツをかけて捜査にあたるが、進展しない。
(4)名探偵は数々の困難と戦いつつ、超人的な推理で鮮やかに事件を解決に導く。
つまり読者は小説世界の殺人事件がいかに悲惨であっても、いかに謎が多くても、必ず名探偵が解決してくれるという一種の信頼が、最初からある。名探偵が登場しておきながらついに事件が解決しなかった推理小説などない。「あったらちょっと面白いかも」などと私のようなヘソ曲がりは考えてしまうのだが、そんなものを書いたら名探偵は名探偵でなくなる。読者からは石が飛んできて「さっさと次の小説で解決させろ」と言うだろう。つまり推理小説とは「必ず解決する事件の話」なのだ。
【 密室殺人 】
さて本題。モルグ街の殺人。
この小説の構成も上記のように分けてみると、じつにシンプルであることがわかる。
(1)密室殺人
(2)デュパン登場
(3)意外な犯人
……というわけで、今回はこの「悲惨な密室殺人現場」を見ていきたい。デュパンはこの記事を新聞で読んで大いに興味を抱いたのだ。
〈恐ろしい悲鳴〉
・午前3時ごろに近隣住民が聞いている。
・モルグ街の一軒家。住民はレスパネエ夫人と、娘のカミイユ。
・4階から悲鳴は聞こえた。
〈駆けつけた近隣住民と憲兵〉
・近隣住民8〜9人と、憲兵2人が現場に駆けつけた。夜中の3時だというのにまあたくさんの人が駆けつけたものだと思うが、それほど悲鳴は恐ろしかったということだろう。
・彼らは金梃(カナテコ)で玄関のドアを打ちこわして中に入った。
・階段を駆け上がる途中で、数人が「言い争う2人の声」を聞いている。
〈4階の密室現場〉
・ひどく荒らされた室内。部屋は内側から鍵がかかっていた。
・娘の死体は頭部を下にして煙突の中に押し込められていた。死因は絞殺。
・婦人の死体は中庭に転がっていた。無数の傷。起こすと頭部は落ちた。
さてここから警察の捜査や聞き取りが始まり、新聞記者の取材が始まる。現場に駆けつけてそのあまりの悲惨さに呆然とした人は、近隣住民やら憲兵やらで合計11人ほどもいる。次回は彼らがそれぞれどんな証言をしたのか、見ていきたい。
ポーとしてはそれらの証言を巧みに操ることで、この小説を面白い読み物にしようと計ったのだろう。推理を進めていく上で本当に大事な「玉」情報と、それを巧妙に隠すための「石」情報。玉石を散りばめる執筆作業は(ポーのことだから)さぞかし楽しかったに違いない。
【 つづく 】