【 魔の趣味-1 】

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「警察」が逝った。葬式の数日後にそれを知った。
「警察」とはニックネームである。「魔談」第1作「魔の踏切」に登場している。

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「魔の踏切」連載を開始したのは2016年4月8日、かれこれ2年半前のことになる。「魔の踏切」を書き始めた当時、「警察」は車の部品を製造する会社の部長をしていた。彼はこの連載を大いに面白がった。出張で名古屋に出て来た時に「おごってやるから名古屋まで出てこい。顔が見たい」というメールが来た。

お誘いは嬉しかったが、その時期の私は人生の一大決心をして4月1日に山村に移住した直後であり、「名古屋まで出て旧友と一杯やる」などという余裕はなかった。なにしろバス・高山線・東海道(在来)線と乗り継いで、村から名古屋まではざっと2時間半かかる。日帰りで飲むのはまず無理だ。飲み会のために名古屋のホテルに一泊するなど考えられない。

そのような理由をあげて断った。すると「ホテル代なら俺が出す。じつはちょっとした操作で出張代にできる。それでも会っておきたい」というメールが来た。これには驚いた。軽い気分のお誘いだろうと思って軽い気分で断ったのだが、どうもそうではないような気配がする。「なにか相談ごとか」と思ったが、普段からさほど親しいわけでもなく19年間会っていない私に相談などあるはずもない。「面倒だな」と思ったし「なんでそこまで?」と理由を疑ったが、ともあれ会いに行くことにした。

結果から言えば、彼はこの時なにか相談ごとを持ちかけたわけでもなく、また「どうしても会っておきたい」という理由らしい理由を告げたわけでもなかった。ただ無理を言って山から私をひっぱり出したことを詫び、「無性に顔を見たくなった」と言って笑った。私もそれを聞いて、正直、ほっとした。我々はたわいない昔話に花を咲かせて大いに笑い、スキンヘッドが似合うだの、白髪のジジイになっただのと、互いのルックスを肴にして笑った。「まあ10年に1回ぐらいはこういうのもいいもんだろ?」と言って彼は笑い、我々は握手して別れた。ただそれだけのことであり、それだけのことであってほしかった。

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その後2年半が経過し、彼は胃ガンで逝ってしまった。遺品を整理していた奥さんは、私宛の手紙を彼の机の引き出しから見つけた。封筒には切手が貼られ、封印されていた。封筒に貼り付けてあったポストイットに「すまんが送ってやってくれ」とだけ書いてあった。奥さんは忠実にそれを実行した。

数日前、私はその手紙を受け取った。開封すると3枚の便箋が入っており、「名古屋の飲み会は楽しかった。冥土の土産にする」とあり、「あの話は魔談とかなにかで書いてもらってかまわない」とブルーブラックの万年筆で書いてあった。「あの話」とはなにかすぐにわかったが、なぜそれをわざわざ手紙で知らせる必要がある?……さっぱりわからなかった。メールで済むことだ。
「了解した」と私はメールを送った。「しかしなぜ手紙で?」と彼に聞いた。戻ってきたのは奥様が発信したメールだった。私は彼がすでに逝ってしまったことを知った。某然とした。

その夜は彼との思い出に浸ることにした。バーボンのグラスを手にして、机上に置かれた便箋を眺めた。
「書いてもらってかまわない」……これはきっと「書いてほしい」という意味なのだろう。しかし生前であれば、それは彼にとって少々困ることになる。そこで死後、奥さんに発見されることを期待して、引き出しの中に隠しておいたのだろう。「回りくどいことをするヤツだな」と思ったが、「アイツらしい」と苦笑した。
「いいとも」と私はつぶやいた。「ご希望の魔談で存分に書いてやるよ」

……………………………………    【 つづく 】

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