エドガー・アラン・ポー【 黒猫 】(10)

【 末路 】

9月8日からざっと2ヶ月にわたり延々と語ってきた「黒猫」も、ついに終盤となった。今回は語り手の、まさに「末路」である。しかもまさに「自業自得」。
語り手はオノを使って奥さんを殺してしまった。……で、どうしたか。

この恐ろしい殺人をやってしまうと、私はすぐに、きわめて慎重に、死体を隠す仕事に取りかかった。(原作)

鬼畜というほかない。いったいこの男はどういう神経をしているのだろう。地下に降りる階段で黒猫に足をとられそうになり、逆上し、オノで殺そうとした。止めに入った奥さんを殺してしまった。その時点でこの男の人生は一巻の終わり。警察に出頭してなにもかも告白すればまだ救いがあるものを、あろうことか殺人を隠す方向に走った。しかも狼狽の結果ではなく、きわめて慎重に。
あれこれ画策するのだが、最終的に「地下室の壁のレンガを外し、死体を押しこみ、それを覆い隠すようにして漆喰(しっくい)を塗る」という想像しただけでも身の毛がよだつような方法だった。

中世の僧侶たちが彼らの犠牲者を壁に塗りこんだと伝えられているように……それを穴蔵の壁に塗りこむことに決めた。(原作)

ここで気になるのが「中世の僧侶たちが彼らの犠牲者を壁に塗りこんだ」の部分である。
犠牲者?……なんの犠牲者か。
壁に塗りこんだ?……修道士たる者がどうしてそんなことをしたのか。

原作に上記の説明はなにもない。あれこれ調べてみたのだが、どうもよくわからない。
ローマやシチリア島に行ったことがある人は「地下墓地付き教会」の話を聞いたことがあるかもしれない。魔談でも以前、2020年7月31日「魔のウィルス20」でカタコンブ(地下納骨堂)の話を書いている。宗教上の理由で火葬しない国々の教会では、ペストや戦争などで膨大な数の死者が出た時、当然ながらきちんと埋葬して弔う
余裕などあるはずがなかった。しかし山積みにされた死体を焼くというわけにもいかない。そこで「とにかく片っ端から埋める」→「骨になった頃合いを見計らって掘り起こし、地下に収納・陳列する」→「骨を掘り起こした土地に新たな死体を埋める」という方法をとった。

ローマのサンタ・マリア・デラ・コンチッツオーネ教会では、地下に4000人(!)の修道士のドクロが積まれている。また壁の装飾に人骨が使われている。
「人骨で装飾?……なんと悪趣味な!」と思われたかもしれない。しかしこれは趣味の問題ではなく宗教的な「教育」の問題なのだ。つまり「人間は死んだらこうなるんやで。忘れたらあきまへんで」ということなんである。

さて話を戻そう。鬼畜男は地下の壁に奥さんの死体を塗り込んでしまうと、その出来栄えにすっかり満足する。「さあてあの黒猫を殺してやるぞ」と血眼で探すのだが、怯えて逃げてしまったらしく姿が見えない。

二日目も過ぎ三日目も過ぎたが、それでもまだ私の呵責者は出てこなかった。もう一度私は自由な人間として呼吸した。あの怪物は永久にこの屋内から逃げ去ってしまったのだ! 私はもうあいつを見ることはないのだ! 私の幸福はこの上もなかった!(原作)

ああこの鬼畜男は、自分の住まいの地下の壁に奥さんの死体を塗り込めておきながら、猫の姿が見えないことで「幸福はこの上もなかった」などと言っているのだ。
やってきた警察の前でも極めて平然とした態度をとるのだ。そりゃ天罰も降るでしょ!
かくして4日後、再び警官の一隊がやってきて、あちこちを調べる。地下室も調べる。しかしなんの手がかりも得ることができず、引き上げようとした。勝利の凱歌気分に浸った鬼畜男は調子に乗ってどうでもいいような「家の構造自慢」を始める。そのとき持っていたステッキで壁をたたいた。

私の打った音の反響がしずまるかしずまらぬかに、その墓のなかから一つの声が私に答えたのであった!……初めは、子供のすすり泣きのように、なにかで包まれたような、きれぎれな叫び声であったが、それから急に高まって、まったく異様な、人間のものではない、一つの長い、高い、連続した金切声となり……地獄におちてもだえ苦しむ者と、地獄におとして喜ぶ悪魔とののどから一緒になって、ただ地獄からだけ聞えてくるものと思われるような、なかば恐怖の、なかば勝利の、号泣……慟哭するような悲鳴……となった。(原作)

引き上げようとした警官たちは戦慄する。再び地下室に降りてきた彼らが壁を崩してみると……

ひどく腐爛して血魂が固まりついている死骸が、そこにいた人々の眼前にすっくと立った。その頭の上に、赤い口を大きくあけ、爛々たる片眼を光らせて、あのいまわしい獣がすわっていた。そいつの奸策が私をおびきこんで人殺しをさせ、そいつのたてた声が私を絞刑吏に引渡したのだ。その怪物を私はその墓のなかへ塗りこめておいたのだった!(原作/最後の一節)

【 つづく 】


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