エドガー・アラン・ポー【早すぎた埋葬】(12)

【 棺桶人形 】

人形をこよなく愛し、人形と共に生きている人々にも色々な趣向がある。
新宿で講師をしていた時代、ゴスロリ系の受講生が3枚の写真を私の前のテーブルに並べたことがあった。彼女はポラロイドカメラを愛しているらしく、まあそれはいいのだが、まるで占い師がカードを並べるような独特の手つきで私の前に正方形のポラロイド写真を並べたものである。見ると3枚とも人形の写真なのだが、そのうちの2点は棺桶に入っている。「この人形は死んだのか?」とまず思ったのだが、即座に「いやそんなバカな」と思い直した。私はほとんど無意識にニヤッと笑ってしまったのだろう。彼女はそれを見逃さなかった。

彼女を仮に愛美(まなみ)としよう。我々は専門学校の会議室で面談していた。愛美は3年間のカリキュラムをほぼ終了し、もう2週間ほど経てば卒業、という時期だった。我々は卒業後の進路や就職活動について個別面談していたのだ。これは本来、学校の職員ではない非常勤講師がひとりでやるべきものではなかろうと私は思っていたのだが、なにしろその当時、専門学校は女性スタッフが大半であり、「女性だから」という理由を挙げるつもりはないが、ハードな勤務で体調を崩してしまうスタッフが多いと聞いていた。その日も私の隣席にはそのクラスの担当である女性スタッフが着席する予定だったのだが、彼女は頭痛と眩暈(めまい)で前日から欠勤しているという話だった。

愛美はそのスタッフが同席しないと聞いて喜んだ。理由を聞いてみると、以前にそのスタッフにもこの3枚の写真を見せてドンビキされたらしい。今度は声をあげて笑ってしまった。さもありなん。
で、改めて人形が棺桶に入っている理由を聞くと、やはりというか当然というか、「死んでるので」という返事。
「死んでるのがいいのか」と聞くと、「それがたまらなくかわいいので」という返事。
(大抵の人間ならこの時点でドンビキだな)と思いつつ、私のような男は、このような趣味に限りなく興味が湧いてくるのがどうしようもない。
「生きている方がこの人形にとっても幸せなんじゃないのか」と聞くと、「この子は死んじゃって幸せだと言ってるの」という返事。

この話、「なぜ死んだ人形がいいのか」という趣向についてはさらに詳しく聞き、私は実際に「棺桶つき人形」を見ている。この話は【早すぎた埋葬】の次に、余談篇ということでゆっくりと語りたい。

この個別面談の後、愛美はすぐには就職できなかったが、卒業して半年後に原宿の中世洋服店(本人の言)にアルバイトとして勤めることになった。

【 悪霊登場 】

さて「早すぎた埋葬」の次に進もう。
前回は、語り手が自分の奇怪な病気を類癇(るいかん)と呼び、そのために生きたまま埋葬されてしまう恐怖を切々と語るくだりを紹介した。
今回はこの類癇男が自分のトラウマ的恐怖を少しでも和らげるためにどんな手を打ったのか見ていこう、と予定していたのだが、じつは「うんざりしてきたのでこの部分は割愛」と判断した恐怖談の最後の部分を追加しておきたくなった。
……というのも、この部分を再度じっくりと読み、「クリスマス・キャロル」(ディケンズ)に出てきた「亡霊登場シーン」にじつによく似ていることに気がついたのだ。整理して要点を見ていこう。

(1)語り手は長く深い昏睡状態に陥った。氷のように冷たい手が額に触れた。
(2)いらいらした早口の声が耳もとで「起きろ!」とささやいた。
(3)「お前は誰だ?」
(4)「おれはいま住んでいるところでは名前などない」
……「おれは昔は人間だった。いまは悪霊だ」
……「前は無慈悲だった。いまは憐れみぶかい」
……「お前にはおれの震えているのがわかるだろう」
……「おれの歯はしゃべるたびにガチガチいうが、これは夜の寒さのためではない」
……「この恐ろしさはたまらぬ。どうしてお前は静かに眠ってなどいられるのだ?」
……「立ち上がれ! おれと一緒に外の夜の世界へ来い」
……「お前に墓を見せてやろう。これが痛ましい光景ではないのか? よく見ろ!」
(5)悪霊は語り手の手首をつかみ、全人類の墓をぱっと眼前に開いた。
……一つ一つの墓からかすかな腐朽の燐光が出ていた。
……屍衣を着た肉体が蛆虫とともに悲しい厳かな眠りに落ちているのを見た。
(6)「これが……おお、これが惨めな有様ではないのか?」
(7)燐光は消え、墓はとつぜんはげしく閉ざされた。
(8)「これが……おお、神よ!これが惨めな有様ではないのか?」

この「早すぎた埋葬」は、1844年「ザ・フィラデルフィア・ダラー・ニュースペイパー」で発表された。このときポーは35歳。同時代に生きていたディケンズ(このとき32歳)も「早すぎた埋葬」をきっと読んだはずだ。
「クリスマス・キャロル」が発表されたのはその前年の1843年12月である。「早すぎた埋葬」を読んだディケンズは「あっ!」と思ったかもしれない。「ここにもうひとりのスクルージ物語がある」と。

【 つづく 】


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