【 日本史魔談 】魔界転生(5)

【 忠興/異常な嫉妬心 】

今回はキリスト教信者となり〈たま〉からガラシャとなった一人の女性の悲劇を見ていきたい。
歴史小説などでガラシャのファンとなった人にとっては、映画「魔界転生」のガラシャはさぞかし苦々しいに違いない。天草四郎によって復活し「魔界の女」となったガラシャは、かなり淫靡(いんび)な女に変貌している。着物の胸をはだけて(後に登場の)宝蔵院胤舜(いんしゅん)をたぶらかしたりする。さらにその美貌を武器に時の将軍に接近するのだが、寝屋で細川忠興に対する未練を見せるようなシーンもある。ガラシャファンにとっては、「淫靡な女」も「忠興に対する未練」も、史実とは真逆だと言いたいかもしれない。

さてその忠興。
前回の魔談でも語ったが、この細川家嫡男はどういう男だったのだろう。これがどうもよくわからない。尋常でない嫉妬深さを露わにするような男であることはまちがいない。〈たま〉の美貌に見惚れた庭師の首を、その場で抜刀してはねるような男だ。しかもその刀にこびりついた血を〈たま〉の着物でぬぐうという神経はいったいなにを意味しているのだろう。

さらに〈たま〉がキリスト教信者となりガラシャになったと知ると激怒するのだが、「5人の側室を持つ」とガラシャに宣言している。なんでいきなり5人なのかよくわからんが、これもまたガラシャの心を奪ったキリスト教に対する異常な嫉妬心から来ているのかもしれない。
ガラシャと共にクリスチャンとなった侍女たちの鼻や耳をそいで追放するなど、ここでもまた忠興は異常な残虐性を見せる。しかしガラシャから信仰を捨てさせることはついにできない。罪のない侍女たちに荒れるぐらいなら、さっさとガラシャを離縁すればよかろうにと思うのだが、忠興はそれをしない。ガラシャによほど執着のある男だったのだろう。

ガラシャの方はすでに忠興をさっさと見限っていたようだ。彼女は離婚したいと宣教師に相談した。しかし宣教師はこれに反対する。当時のキリスト教(カトリック)は離婚を認めていなかったのだ。不運としか言いようがない。もし宣教師がガラシャの不遇に同情し、この時点で離婚させておれば、おそらくガラシャはもっと長生きできたに違いない。

【 三成の誤算 】

歴史が大きく動いた。
1598年、豊臣秀吉、死す。石田三成(西軍)は、忠興が徳川家康(東軍)につくと見た。そこでガラシャを人質に取ろうと画策。しかし拒否された。「やはりそうか」と言うことで、三成は実力行使に出た。兵を出して細川邸(大坂玉造)を包囲したのだ。

忠興はこの事態を予想していたのだろうか。それはわからないが、上杉征伐に出陣するにあたり、忠興は屋敷を守る家臣たちに以下のように厳命していた。

もし自分の不在の折、妻の名誉に危険が生じたならば、
まず妻を殺し、全員切腹して、わが妻とともに死ぬように。

ガラシャはそれを知っていたが「自分だけが死ねばよい」と伝えて侍女たちを逃した。その後、自刃。家臣には彼女の遺体が残らないように、屋敷に火をつけるように命じていた。
ガラシャ辞世の句が伝えられている。

散りぬべき/時知りてこそ/世の中の/花も花なれ/人も人なれ

ガラシャの死の数時間後、オルガンティノ神父が屋敷の焼け跡を訪れた。ガラシャの骨を拾い、堺のキリシタン墓地に葬ったと伝えられている。神父の胸に去来したのは後悔の念だったのではないだろうか。「あのときに離婚に反対せず手助けしておれば……」と大いに後悔したのかもしれない。

余談。
石田三成はガラシャの「死の抵抗」にかなり驚いたらしい。彼は甘かったのだ。ガラシャの死後、三成は「妻子を人質に取る」方策を自重したと伝えられている。

【 つづく 】


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