1994年に初めて韓国映画(秀作「風の丘を越えて/西便制」)を見て以来、公開される新作を400本は見てきたと思う。
思えば数多の秀作・傑作、例えば「ペパーミントキャンディ」「JSA」「殺人の追憶」「力道山」「The NET網に囚われた男」「1987 ある闘いの記録」等を見てきたが、それは実に豊かな映画体験だった。
しかし、今度見た「工作 黒金星と呼ばれた男」はリアルタイムで見た中の最高傑作と言いたい。「20年に一本」というのは誇張でもハッタリでもない、それ程の面白さと興奮を感じた作品だ。あまりの素晴らしさに新宿の映画館で一度見た後、5日後にまた見に行った。この映画は本国でも大ヒットし、観客動員470万人で2018年の2位となっている。
実話に基づく映画である。元々は軍人である主人公が、1992年にスパイになって北に核兵器が存在するかを探る任務につく。コードネームが「黒金星(ブラック・ヴィーナス)」である。中国に渡りビジネスマンとして活動を始める。北の外貨獲得の政府高官と知り合い、南北共同事業を行う広告の撮影を企画する。その中で、主人公はついにピョンヤンに入ることを許され、何と当時の最高指導者キム・ジョンイル(金正日)と会うことになる。ピョンヤンを流れる大同江を流れる船に乗り、目隠しをされたまま、キム氏がいる招待所に入って行く時の撮影と演出がなかなかいい。
この映画の白眉は、1997年のキム・デジュン(金大中)が立候補した大統領選に絡む、南の安全企画部(CIAのような情報組織)と北の共謀だ。南は「政治」のため北は「カネ」のため利害が一致する。ここから先を書きたくてウズウズするが、ここは書けない。少しだけ触れると、「外に敵を作って、内を保守に変える」というやり方で選挙戦の流れを変えようとする陰謀だ(日本でも似たことがないだろうか?)。
スリリングな面白さに手に汗を握る。冷静に考えると、全てが実話ではないかもしれない。しかし、かなりの部分があの映画通りだった可能性もある。そこはよくは分からない(監督はほとんど実話と言っている)。仮にフイクションとしても、あれだけリアリティをもって、これだけ面白くリアルに作ったら天晴れ。というか、凄い。
これほど、自分が生きている時代の歴史的な出来事をリアルかつ想像を交えて、ダイナミックに描く映画を見たことがない。
ラストシーンがまたいいのだ。男と男の「友情」に、思わず体が震えそうになった。「友情」という言葉ではうまく捉えられないか。国は違ってもお互い祖国のために、危険を顧みず「冒険」を企てた二人の間に流れた、人としての連帯感、と言うべきか。国同士が上手く行かなくても、いくら体制が違っていても、人と人とのリスペクトが出来るのが人間だなあ、と感動する。小道具たる時計とネクタイピンが効いている。ラストのカットは、南北統一を象徴するブルーの「統一ワンコリア」の地図だが、これが印象的。
この映画に登場する俳優が素晴らしい。作り笑いで緊張感を見事に出した「黒金星」役の、主役のファン・ジョンミン。彼の韓国安全企画部の上司であるチョ・ジヌンは威厳と渋さを出した。そして、北の高官を演じたイ・ソンミン。慎重な性格で硬い表情を崩さないが、祖国の悲惨な現状を知っていて、目に哀しみをたたえている。
2005年に一年ソウルに滞在し韓国映画を沢山見ていた時に注目するようになった役者がファン・ジョンミンだった。エイズに罹った若い女チョン・ドヨン(韓国のナンバーワン女優)に純愛を捧げる、やや知能の低い男を演じた「ユー・アー・マイ・サンシャイン」でその名を記憶した。
好きな映画をもう一本!
ファン・ジョンミンの代表作は多数あるが、やはり、ベストは韓国映画歴代観客数3位の「国際市場で逢いましょう」だろう。朝鮮戦争中、北から避難してきて釜山に住みつき、必死に働き結婚し家庭を守っていく男の半生をファンは熱演した。ドイツに出稼ぎに行ったりベトナム戦争にも従事したりする。そして、離散した妹と再会するシーンは今思い出しても涙が滲むほど感動的だった。
(by 新村豊三)
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