ここ数ヵ月で見た新作邦画の中では、「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえりお母さん~」が一番良かった。今年、邦画は「水俣曼荼羅」「香川一区」を始めとして記録映画がとても面白い。
前作は見ていないが、広島呉市に住む、90代後半と80代の高齢の夫婦の話だ。監督・編集・ナレーターは60歳の一人娘。
母親の方に認知が始まり、やがて入院することになる。それまで、家事をほとんどしなかったらしい父親が、買い物、食事、洗濯、全部自分で始めたのである。父親も、ある手術を受けるが、手術後すぐにリハビリを始めたりする。
このお父さんが、飄々として、小柄なのに、どっこい、生活力もあるのだ。私の父親の年に近い。亡くなった父親もそうだったが、この世代は、徴兵されて戦地に行ったこともあり、何でも身の回りのことが出来るのだ。
おじいちゃんを見ていると、老いることが楽しみに(?)なってくる。自分の連れ合いが、ニンチになっても、こんな風に接して行こうと思うのだ。
映画の理解や鑑賞に、監督自身の情報は要らないかもしれないが、この映画に関しては、監督の事を知っている方が、理解が深まるのではないか。
広島の高校から東大を出て電通に入り、その後、映像作家に転じている。独身(らしい)。映画が始まってすぐに、監督が乳がんで手術・入院したことが描かれる。その時の監督は、抗がん剤治療で気の毒なくらいやつれている。脱毛している姿まで出している。言わば、そんな、普通は人に見られたくない自分もさらけだしている。
これがあるからこそ、老いて認知症が進む母親を言わばさらけ出しているが、それが許されたのだと思う。
それにしても、孫がおらず、優秀な一人娘に「一度キリの人生だから、自分の好きな道を進め」と励ましてきたこの夫婦はエライと思う。しかも、このお二人、結婚も見合いだったそうだ。人間、こんな風に仲良く生きていけるものか。何だか、ジンと来る。
もう一本、面白いドキュメントを見た。熊本県宇土市で子供10人を育てた夫婦とその家族を描く「人生ドライブ」である。映画は、既に9人の子供がいて、10人目がお腹にいて、やがて男の子を出産することになる、約20年前から始まる。
前半は、小さい子供たちの10人の子育てのてんやわんやぶりがそれほど描かれていない感じがした。また、ご夫婦に焦点を当てているので、子供たちがどんな思いで生きているのかが今一つ分からなかった(それはプライバシーの領域で、カメラが入れないところだろうか)。また、お父さんが掛け持ちで仕事をされていると言っても、それで経済的に大丈夫なのだろうかと思ったりもした。
しかし、この映画は後半が中々いい。いろいろと大変なことが起きる。書いてしまうと火事に見舞われて家が全焼する。その時のお母さんの、大事なモノまで燃えた訳ではない、と物事を前向きに捉える姿勢に感心する。また、2016年には大地震が起きる。そんな中で、子供たちも結婚して新しい家庭を作って行く。少しずつ家族が変化し、拡がっていく。
お母さんは、結婚して東京のアパートで暮らす息子を訪ねて一人池袋に来る。何だかちょっとジンと来た。明るく元気なお母さん自身が病気にかかる。そんな、生きていれば誰の身にも起きる、人生の諸問題を淡々と、捉えているところがいい。
見ていて、お母さんは年を重ねるごとに美しくなっていく(!)気がするし、お父さんは、年齢相応に、外見は老けていく。そこも面白かった。この夫婦の立派な人生の記録になっている。ご夫婦の仲の良さにも拍手を送りたくなってくる。
さて、衝撃的な映画を一本。我々は、この日本の地で生まれ、とにもかくにも自分の自由意思で誠実に生きている。しかし、この地で、自由に生きられない外国人がいるのだと知った記録映画が「牛久」(うしく)だ。
茨城県の都市だが、ここに入国管理局があり、不法入国者とされて本国に帰れない外国人が収監されている。日本で罪を犯したわけではないのに。
昨年、名古屋の入管でスリランカ女性が亡くなり、その待遇の酷さが問題になっているが、ここも同様だ。
本当は違法だが、ドイツ人監督は面接の場にうまくカメラを持ち込み、面接室のアクリル板越しに収容者の生の声を聞き、彼らの実情をあぶり出している。
映画で分かるが、政治家の、欧米でない外国人への人権意識が低すぎると思う。
(by 新村豊三)