新年明けましておめでとうございます。今年は、昨年のカンヌ映画祭で主演男優賞を受賞して何ともめでたい、役所広司の「Perfect Days」から始めたい。
昨年12月の公開初日、東京練馬区の映画館の第一回上映で見たが、とてもいい映画だった。好ましい映画だ。
ヴィム・ヴェンダース監督は日本好き、小津安二郎監督好きで、1985年に監督にオマージュを捧げた記録映画「東京画」を撮っているが、今度の映画は、「シン・東京画」とでも言いたいように、2020年代の東京の様々な風景、ここに暮らす日本人の生活や意識を描いている。我々は、この映画によって現在の東京の街や人々を新鮮な眼で見ることになる。
科学技術の粋を集めて作られ、東京のランドマークと言えるスカイツリーの見える場所、しかし、オンボロの木造アパートに、主人公の平山(この名前は、小津の「東京物語」等の笠智衆の役名)が住んでいる。この設定がまずいい。この辺は、数年前の「万引き家族」、昨年の「春を待つ」「おかえり、母さん」の舞台になった所だが、東京の新旧が混在して魅力的だ。
平山は渋谷区の公衆トイレの清掃員であり、彼の日常が丁寧に描かれる、そして段々と、彼の人物像が分かっていくというのが、このシンプルな映画の骨格だ。
渋谷はよく映画を見に行くのだが、公園などには、こんな風に、多彩なトイレがあるのか。ビックリした。透明で、入って鍵をすると外から見えなくなるトイレなんかあるのか。それを見ているだけでも興味が湧いた。外国人も利用し、清掃中の平山は「ドゥモアリガト」と言われたりする。
この平山の生活が何だかいい。早朝に起きて、歯を磨き髭を剃り、バンに乗り、好きな音楽をかけて出勤し、トイレの掃除を丁寧かつ、テキパキと行う。家に帰り、自転車で銭湯に行き(シャッターが開く直前に銭湯に到着するショットの見事さ!)、浅草橋駅近くの地下の飲み屋で一杯やり、TVで相撲や野球を見て、家に帰り、文庫本を読んで眠る。
コインランドリーに行き洗濯をし、たまに小料理屋に行く。デジカメで木々のきらめく様を撮り、モノクロの現像を行い、古本屋を覗く。こういう、小さな愉しみが沢山ある穏やかな生活が輝いて見える。部屋には家具や娯楽の類など殆んどなく質素そのものだが。
この映画、撮影が素敵だ。幾つもの高速道路。バンから見える隅田川などの風景。俯瞰で捉えるボロアパートなどなど、とてもいい。
音楽も良かった。最初に流れる曲は、車で出勤する時のカセットテープによる(!)アニマルズの「朝日のあたる家」(カッコいい)。聞く音楽や読む本で、平山の人となりが分かってくる。きっと、インテリと言うか、大学で文学を専攻したのではないか。学園紛争で、学識があるのに、大学を辞め、親とも不和があり、今は、ひっそりとした、地味な、しかし、小さな幸せのある生活を送っている人物ではなかろうか。
この映画の意外なキャスティングにビックリしつつ楽しんだ。好きな松居大吾監督が古いレコードやカセットを扱う店の店長だ。一番驚いたのは、写真屋の店長を演じている東大名誉教授柴田元幸先生。私見によれば日本一の米文学の名翻訳家だ(ポール・オースターの一連の名訳!)。極めつけは石川さゆり。まあ、色香のある小料理屋のママさんで、この役を、まずまず、上手く演じている。
さて、やはり、平山の人間性に踏み込むべきだろう。ラストの、運転しながら笑って涙を見せる彼の姿に私は自分を重ねてしまった。あんな風に、小さくとも愉しみが幾つもあり、それなりに充実して人生を穏やかに生きているものの、事情があり、心の中には哀しくツライものを抱えて生きている中高年が少なくないのではないか。
映画の後半、平山の家庭の事情も垣間見えてくる。久しぶりに会った妹を抱きしめる。その時、彼は泣く。老いた父親とは長く会っていないようだ。観客にはその意味が明らかにされないが、同じ夢を何度も見る。しかし、朝が巡りくれば、彼はまた笑顔を見せ、仕事をきちんとこなしていく。
若干の疑問というか平山への心配(笑)もある。冷蔵庫もない生活のようだ。料理はどうしているんだろう。全部、外食で済ませているのだろうか。外食は金掛かるぞ。それなりの貯えはある人なのか。平山の生活は、地球沸騰化の現在、クーラーはあるかと心配にもなってくる。彼の存在が寓話なのかもしれないが。
(by 新村豊三)