3年前のドラマ「カムカムエヴリバディ」の上白石萌音が好きだから見に行った「夜明けのすべて」、これもなかなか良いなあ。実は、一昨年のマイベスト映画「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督の新作と知らずに見たのだが。
チラシだけ見ると一見恋物語に見えるが、そうではなかった。もっと普遍的な、人間に関する深いテーマを持っているような気がした。言葉にすると「小さな気づかいが人を支える、人の営みにはそんなこともあるのではないか」、そんなありふれた言い方になるが、そういうことを静かに控えめに伝えている映画だと思う。
主要な登場人物は上白石が演じる藤沢さんと、なんと「カムカム」で上白石の戦死する夫を演じていた松村北斗が演じる山添君だ。
藤沢さんは、私も知らなかったPMSという病気を持ち、生理前に大変な体調不良を起こし人格が変わったようになり、仕事が続けられない。山添君もパニック障害発作が起き、これまた、電車にも乗れず職場にも行けない、ちょっと発達ショーガイ気味の若者だ。パニック障害とは、突然不安や心臓の圧迫感などが起きてしまう症状だ。
映画は、この大変な二人の交わりと、ささやかな支えあいを描くことが中心になる。二人の若者の存在感が抜群。とくに、前半の松村の、他人にそっけなくコミュニケーションが上手く取れない若者の演じ方に感心した。
二人が勤める職場の人たちが理解あるのがとてもいい。
会社は科学の機器を扱っている小さな町工場だ。社長役の光石研が、またまたいい味を出している。金曜夜、ある写真の前でコップに日本酒を注ぐシーンもいいのだ(最初やっているのは何だろうと思ったが)。また、社長の知人であり、山添君の前の会社の上司である渋川清彦も好演。
会社が小学校へのプラネタリウム出前講座を行うために、藤沢さんと山添君が準備していく。この出前講座が映画的に盛り上がる構成になっているのが上手い。小学生が学校の課題として職場見学の映画を作る過程も盛り込まれる。
ラスト近く、 山添君がもらった自転車に乗って、藤沢さんのアパートに忘れ物を届けに行くシーンの撮り方、空間の解放感が好きだ。自然な行為として、彼が甘いものを買って、職場の人に差し入れをする変化(つまり成長)を見せるところも好きだ。
書いてしまうと、二人は、一時期触れ合っただけで、また、離れた場所で別の人生を歩みだす。その淡さもいいなあ。しかし、きっと、二人の胸には温かく嬉しいものが残ったはずである。二人の友情というかお互いの気遣いがこれからも続いてほしいなあと心から思う。
総じてリアルで地に足が付いた、繊細な演出だ。音楽がとても印象的だ。独特の、透明でクリアで、でも少し怖いような、宙ぶらりんの感覚を与える音楽だ。
プラネタリウムで「天文」の世界が出て来ることもあり、悠久さや永遠とか、また逆に、人間の存在の有限とかを感じさせる。飛躍かもしれないが、人間や社会は変化し続ける、ヘンにこだわらなくていいのだ、という感覚も与えてくれるようだ。
惜しむらくは、映画のクライマックスである、プラネタリウム講座の時に藤沢さんによって朗読される、夜と朝の考察について、私自身が、今一つ心に響くものを感じ取れなかったこと。しかしながら映画全体としては、冒頭に書いたテーマが十分伝わってくる。
「ケイコ 目を澄ませて」が、聾唖というハンディを持ってボクシングで闘う人を、ストレートに応援する映画だったとすれば、今度の映画は、この世の中で生きづらさを感じている人を、静かに密やかに応援している映画だと思う。
好きな映画をもう一本! パニック障害を描いた映画はあまり思いつかず、ChatGPTに聞いてみたところ「アナライズ・ミー」(1999年)があるとのお答えが(笑)。公開当時それ程話題にならず、大して期待しないで配信で見たら、これは隠れた快作。
NYマフィアのボスであるロバート・デニーロがパニック障害を起こすので精神科医のビリー・クリスタルに診てもらう。
大いに笑えるコメディではあるが、所々、人間の真実があるのがいい。展開が滑らかで先が読めず、映画として大変面白い。見どころは、ビリーが殺されそうになりながらも、医者として、ロバートに、パニック障害の原因を伝えようとするところ。それは少年の頃の父親との関係であり、観客も納得できるものだった。
(by 新村豊三)