今回も実話を元にした映画とネトフリドラマを紹介したい。両方ともかなり面白い。
まず、韓国映画「ボストン1947」である。韓国国民の3大ヒーローを御存知だろうか。イ・スンシン(李舜臣)、アン・ジュングン(安重根)、ソン・ギジョン(孫基禎)である。イ・スンシンは16世紀末、豊臣秀吉の侵攻を防いだ名将、アン・ジュングンは初代韓国統監である伊藤博文を暗殺した人物、そしてソン・ギジョンは1936年のベルリン・オリンピックのマラソンに日本代表として出場し優勝した人物である。

監督:カン・ジェギュ 出演:ハ・ジョンウ イム・シワン他
1936年当時、朝鮮は日本の植民地だった。朝鮮の新聞社東亜日報がソン・ギジョンの優勝を伝えるにあたり、表彰台に上ったソン・ギジョンのユニフォームの胸の日の丸を黒く塗りつぶした写真を誌面に掲載し大問題になった。
「ボストン1947」は、日本からの独立後、新しく出来た韓国ソウルに住む大学生ソ・ユンボクが、祖国に戻ったソン・ギジョンの指導を受けて、1947年のボストンマラソンに出場した実話を描く。
驚いたことがある。映画を見るまで全く知らなかったが、当時、韓国はアメリカから独立国と見なされず「難民国」扱いをされていた。それ故、選手がボストンに到着しても、大会で韓国の国旗たる太極旗が付いたユニフォームで走れないことが分かる。事態を打開しようと、ソン・ギジョンが記者や関係者を集めて、是非ともKOREAとして出させてくれと訴えるシーンは胸打つ名シーンだ。
そして、マラソンの展開が手に汗握る。横長スクリーンを十全に使った撮影が素晴らしい。書いてしまうと、ソ・ユンボクは見事に優勝する。彼の、小柄だがすっと背筋を伸ばす走り方がいい。大変な脚力がある秘密は、貧しかった幼少の頃、母を思って走った過去にある。その定石的でいかにも韓国的設定も、伏線があり演出がいいので許せてしまう。
私のDNAは遡れば韓国から来ているのだろう、映画の後半は感情移入して、一緒に怒り、ハラハラドキドキし、涙した位だった。
画面は色合いを薄くして当時のノスタルジックな感じを出し、まだ独立後、日が浅く、貧しかったソウルの街を上手く再現している。3年後に、朝鮮戦争が勃発し、首都ソウルのみならず、韓国全土が破壊されていく直前だ。
市民から募金で大会参加費用を捻出し(我が市民球団「広島カープ」創設と同じじゃい)、選手とソン・ギジョンが何度も飛行機を乗り換え、ボストンに着いてから初めて経験するホテル生活のユーモラスな体験も大好きだ。例えば、西洋式便器を知らないので、ユン・ボクが便器の水で顔を洗ってしまう。
この映画は、スポーツ映画という娯楽作でありつつ、民族の魂と誇りを描いた映画なのである。流石、「シュリ」「ブラザーフッド」のカン・ジェギュ監督である。

監督:大根仁 出演:綾野剛 豊川悦司 北村一輝ほか
さて、次の「地面師たち」はネトフリ配信だが、「映画」以上の多額のお金を掛けて製作され(普通の日本映画の4倍か?)大変面白い。数年前、積水ハウスが、地面師によって、土地購入の詐欺に遭い55億円を騙し取られた実際の事件を元にした社会派エンターテインメント作品。
積水ハウスは「石洋ハウス」という名に変えてあるが、デティールがしっかりしていてリアル感がある。第1話を見ただけで、こんな風に詐欺が行われると分かり、引き込まれてしまった。話そのもののスケールはそれ程大きくないが、いろんなものを盛り込んで、上手く膨らましたシナリオだ。
結末が分かっているのにハラハラする。なんと、地面師側に肩入れしている自分がいる。
役者が光る。リーダー格の豊川悦司は、今までの日本映画に無かった悪のヒーローで、頭の良さと冷酷さがある。よって、吐く言葉がキザに聞こえない。例えば「(あなたの殺し方は)最もフィジカルで最もプリミティブで最もフェティッシュなやり方で」。
一方、暗い過去を持つ相棒の綾野剛はハムレットタイプと言うべきか。苦悩する表情がいい。刑事のリリー・フランキーの存在感が見事。脇で登場するホストの吉村界人なんかも上手いなあ。土地の女性所有者と懇ろになり、旅行に誘い、不在の間に、地面師の一人がその所有者になりすまして詐欺を働くのだ。7話完結のちょうどいい長さ。
脚本・監督は大根仁。2011年に森山未來主演の「モテキ」(異性にもてる時期)という傑作を撮っている。こりゃあ、一気に監督としての「モテキ」が来るんじゃないか。
(by 新村豊三)