香港の未来を反映した「十年」と、20年前の秀作「ラヴソング」

香港が中国に返還されて丸20年が経った。もう20年も経過したのだ。そして気が付くと、日本に入ってくる中国映画がそうであるように、ワクワク面白い香港映画があまり入ってこなくなっている。
映画はその国の政治、社会、人々の意識や生活、風俗などを映し出す鏡だとよく言われる。映画が面白くないなら、一体今の香港はどうなっているのだろうか。
そう思っていたら、その香港の認識を深めてくれる一本の映画を見た。「十年」という、2015年の短編オムニバス映画である。

香港映画「十年」監督:クォック・ジョン ウォン・フェイパン 他

監督:クォック・ジョン  ウォン・フェイパン他

これは、最初は香港の小さな劇場で単館公開され口コミで公開が全土に広がり、最終的にはその年の最高の映画賞も取る、批評家にも観客にも評価された映画。5人のほとんど新人と言っていい監督が撮った5つの短編。香港の未来図を寓話的に描いた作品ばかりだ。

私は3、4、5が面白かった。
3は「方言」というタイトル。中国は国土が広く方言が幾つか存在するが、香港の地元の言葉は広東語である。普通語(つまり、北京語)をしゃべらないと空港や港で客を拾えない社会になってしまっている未来のタクシー運転手の悲哀を描いている。
4の「焼身自殺者」は特に心に残る。若者が刑務所で自由を求めてのハンストで亡くなる。また、自由の抑圧を行う中国を黙認する英国に抗議して英国大使館前で焼身自殺をした者がいる。これが、書いてしまうと、若者でなく、それまで文革や天安門事件を見てきた老婆であった、というのがショッキング。
5の「地元」は、「地元」という言葉を使うと当局に取り締まられる社会になっている香港を描く。小さな食料品店で卵も地元と表示できなくなる。これは「地元」という思想,発想そのものを許さないのだ。
さらに、袖に赤い腕章を付けた少年たちのグループが本屋で「禁書」の本が置いてないか監視し、摘発していく。これは60年代の文革の頃の紅衛兵を思い出させてかなり怖い。洗脳された少年たちだからこそ怖い。
私は、昨年末発覚した中国公安当局が関与した、繁華街にある「銅鑼湾書店」の経営者5名が大陸やタイに拉致された事件を想い出した。中国は、香港に於いて「一国二制度」を取ると謳いながら、タブーのない自由な政治ゴシップ本を出しているだけで暴力的に言論弾圧してしまう。
この映画が描くのは今の現実ではないが、将来このような状況になりかねないという不安感があるからこそ、この映画が大ヒットしたのだろう。

知り合いの立教大の俊英の香港研究者によれば、中国が圧力を加えて香港映画が自由に作られなくなっている、だから、香港映画全体が面白くならない、との事。
因みに、ジャッキー・チェンやアグネス・チャンは親中国派なので市民に人気がないそうだ。また、池袋で聞こえてくる中国語の6割が広東語、すなわち香港からの旅行者が多いのだそうだ。

映画「ラヴソング」監督:ピーター・チャン 出演:レオン・ライ マギー・チャン他

監督:ピーター・チャン 出演:レオン・ライ マギー・チャン他【amazonで見る】

さて、好きな映画をもう一本!
香港映画で一番好きなのは「ラヴソング」という、96年にピーター・チャンが監督した映画だ。原題は「甜蜜蜜」(「とっても甘い」の意味)、これはアジアの歌姫テレサ・テンの大ヒットした歌謡曲のタイトルである。この映画でも、何回も甘く切なく繰り返される(ラスト、この歌がストーリーに絡むのも上手い)。

83年に大陸から香港に出稼ぎで来た若い二人の男女の切ないラブストーリーだ。性格も人生観も違う二人が、お互いかけがえのない存在であると知ったその日の雨の夜、ある事情で女は香港を船で秘かに離れなければならなくなる(ここは名シーンだ)。別れた二人が数年後に再会するのは何と、ニューヨークのマンハッタン島。
この、およそ10年に及ぶ切ない恋が、美しい映像と音楽に乗って展開していく。アジア的と言えば良いか、溢れる情感はなまなかでなく本当に切ない。おそらくこれまで見た恋愛映画の3本の指に入ると思う。
そして、大陸から沢山の人が豊かな生活を夢見ながらやって来て必死で生きていた、あの時代の香港の見事な記録になっているのがまた、いい。

(by 新村豊三)

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