昨年末に、監督が出演も兼ねた見ごたえ十分の日米2本の力作を見た。
塚本晋也監督の時代劇「斬、」とブラッドリー・クーパー監督の「アリー/スター誕生」である。
塚本監督は周知のごとく、89年の「鉄男」で監督デビューをし、幾つかの作品を撮った後、2015年には太平洋戦争時の過酷なフィリピン戦線での極限状況を描く秀作「野火」を撮った。監督はこの映画でも一兵士として主演しているし、2016年のアメリカ映画「沈黙―サイレンス」では江戸時代の弾圧される長崎の切支丹農民を演じている。
さて、「斬、」(「ざん」と読む)であるが、異色の時代劇である。幕末の頃江戸近郊の農家で剣の修行をする若者、池松壮亮がいる。そこに無法者浪人集団が現れて、人を斬り殺す狼藉をはたらく。政治集団への勧誘のため、腕の立つ者を集めようとしていた剣の達人(塚本)はこの無法者に対し見事な剣の冴えを見せて倒すが、若者は人を斬ることを受け入れられず苦悩するというストーリーだ。
この映画はいろいろなリアルさが半端ない。農家の家屋は薄暗く、人物は粗末な服装をしている。殺陣についても、剣と剣が切り結ぶとはこんなことだろうなと思わせる緊迫感と迫力がある。登場人物の池松に至っては精神的に自分を抑えられなくなり自慰行為を行ってしまう。こんなナマナマしい人物は時代劇で見たことがない。
主要な人物はわずか3人。塚本と池松と、彼に思いを寄せる農家の娘、蒼井優だ。前年度キネ旬の主演女優賞を取った蒼井は、その受賞の名に恥じぬ必死の演技を見せる。塚本は監督で世に出て来たのに、今や俳優としても一流の風格と存在感を出している。そこに感嘆する。尚、彼が無法者を切り倒すシーンの編集も見事である。演出の手腕も忘れてはいけない。
ベネチア映画祭に出品されたが惜しくも受賞は逃している。塚本自身が運営する「海獣シアター」というインディペンデント系の製作会社の作品であり、日本での公開も派手な宣伝はしておらずあまり話題になっていない。クオリティが高いだけにもっとたくさんの人に見られてほしいと思う。
「アリー/スター誕生」は、主役が有名シンガーのレディ・ガガのハリウッド大手映画であり、当然、この映画にはエンターテインメント作品として全世界の観客に見てもらおうという戦略がある。そして、これは作品としてもなかなかの傑作なのだ。
映画の骨格は、これまで何度もリメイクされてきたが、無名のシンガーが才能を見出されて、恋をしながら段々とスターの階段を昇っていくストーリーだ。以前、ジュディ・ガーランド版を見ているが、このガガ版の方にはるかに心を動かされた。
ガガは言うまでもなく、意外やブラッドリーの歌唱が素晴らしい。二人が歌う「シャロー」にはシビレた位だ。ステージシーンの撮影もいい。こう言うと、現在大ヒット中の「ボヘミアン・ラプソディ」が頭に浮かぶが、「アリー」の演出の方がより繊細かつリアルで、愛のドラマも深いように思われる。
ガガは全身のヌードを見せることもいとわない。演技者としても優れた資質を示している。
この2本、「監督で出演」の共通点はあるが、元々監督の塚本が演技者としても成熟を示し、一方、優れた俳優だったクーパーが監督としても一流であることを証明した、その正反対のベクトルがとても興味深い。
さて、好きな映画をもう一本!
クーパーの代表作「アメリカン・スナイパー」は重量級の傑作だ。俳優から監督もやるようになった大先輩クリント・イーストウッドの2014年の作品。狙撃兵としてイラク戦争に従事した男の悲劇を描く。
一流のスナイパーであった男が除隊後に故郷に帰って来ても、ヒリヒリとした戦場の緊迫感が忘れられないのか再び志願して戦場へと戻ってしまう。徐々に精神のバランスが崩れてゆく。砂埃舞う戦場の描写が生半可ではない上に、実話であるこの人物の終盤の悲劇が痛ましい。
(by 新村豊三)
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