明るく楽しい青春活劇映画「カツベン!」

予定だったアン・リーの2回目を延ばして、年末年始にふさわしく、明るく楽しい娯楽映画を紹介したい。周防正行の5年ぶりの新作「カツベン!」である。
「活弁」とは、映画がサイレント時代のころ、スクリーンの横にいて楽士の演奏と共に説明や台詞を述べた人物で、日本だけに存在するものだ(私も知らなかった)。トーキーの登場とともに消えていった職業である。

『カツベン!』監督:周防正行 出演:成田凌 黒島結菜 永瀬正敏ほか

監督:周防正行 出演:成田凌 黒島結菜 永瀬正敏ほか

映画のストーリーは、大正時代、映画好き・活弁好きの若者が地方の映画館に雑用係として住み込み、一人前の活弁を目指す喜劇仕立ての物語だ。そして、これに、ライバル映画館の嫌がらせ、泥棒一味の金を巡ってのドタバタ、新進女優となった初恋の女の子とのラブストーリーなどいろいろなものがゴッチャに加わり、映画は派手に賑々しく繰り広げられる。

正直、ストーリーや人物描写は緩い。しかし、随所に楽しさが溢れている。
まず、大正時代当時の活動映画上映の環境――すなわち、小屋、弁士、楽士、映写技師、客のことなどがよく分かる。いろんなタイプの弁士がいる。美男子の弁士には、沢山の婦女子が詰めかける。映写機のフイルムは何と手で回している。飲食を取る時は足で回したりする! 弁士よって回し方が違う(聞かせ所はゆっくり回すのだ)。そういうディテールがとても面白い。
それに加えて、映画内で上映される、モノクロのサイレント映画が良く出来ており、「不如帰」「国定忠治」「十戒」「ノートルダムのせむし男」等がとても魅力的だ。
主人公の初恋の相手を演じる黒島結奈も初々しく好演している。小屋の建物、内部の美術などもきちんと手抜きされず本格的に作られていると思う。見て損はない映画だ。

さて、周防監督は、前回も少し触れたが、大好きな監督3人のうちの1人だ。
私と同じ世代であり、立教大学在学中、講師の蓮実重彦の映画論を聞いて映画監督になったのは有名な話だ。同じ立場の黒沢清、青山真治とは違って難解な映画作りを行うことなく、いわば老若男女誰でも楽しめる質の高い娯楽映画を撮り続けているところがいい。

好きな映画をもう一本!

【amazonで見る】出演:役所広司 草刈民代ほか

周防監督で一番好きなのは1996年のShall we ダンス?だ。平凡なサラリーマンが、電車のホームから外を見るとダンス教室の窓辺に美女が佇み、その姿に惹かれてダンス教室に入門しダンスを開始して様々なユニークな人に出会い、コンテストにも参加していくというストーリーだ。
この映画ほど、誰が見ても楽しく笑って見られる質の高い映画はないだろう。
もう24年程前になるのか、小さな子供を連れて今は無き新宿のコマ劇場にあった映画館で見たことを思い出す。確か1月の上旬だった。子供たちはきゃっきゃっと笑い声を上げて見ていたのを覚えている。
主役の役所広司の同僚の独特のキャラを持つ竹中直人も実はダンスをやっており(そのため、会社の廊下もカクっカクっと直角に曲がる)、ダンス大会でラテン系の独特の衣装を来て、存在感抜群でド派手な衣装の渡辺えり子とペアを組んで踊るシーンの面白さと言ったらなかった。

もう一つ個人的に嬉しいのは、役所が立つホームは、自分が日々使う西武池袋線江古田駅であり、そして、そのダンス教室が入るビルは江古田駅南口の真ん前の建物だったから。
確か4階だったか、そんなダンス教室があるのか、これは調べねばなるまいと、ノコノコそのビルの部屋に出かけていったものである。すると、中の女性が丁寧に説明してくださった。

ここは「STORE HOUSE」という名の小劇場なのです、ダンス教室ではありませんよ、と。

外観だけをダンス教室に見立てて撮影したのであった(中のシーンは、多摩川にあった大映の撮影所で撮ったそうだ)。成程、これが映画作りかと感心したのを覚えている。

そのビルも昨年だったか取り壊されてしまった。今は、また新しいビルを建てるために基礎工事をやっている。思い出の建物が消えてゆく。江古田駅も数年前に全く違う駅に建て替わり、昔日の面影は全くない。世の常だろうが永遠なものはない。年末に少しおセンチな気持になった。

(by 新村豊三)

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