ネット配信ドラマの大傑作「愛の不時着」その2

前回に引き続き「愛の不時着」について書きたい。

「愛の不時着」原作・制作:イ・ジョンヒョ パク・ジウン 出演:ヒョンビン ソン・イェジン他

「愛の不時着」原作・制作:イ・ジョンヒョ パク・ジウン 出演:ヒョンビン ソン・イェジン他

前回の終わり、この作品が映画「パラサイト 半地下の家族」に関係する部分があると書いた。こういうことだ。
主人公のジョンヒョクの婚約者の母親と伯父さんが「パラサイト」に出演しているのだ。派手でお金使いが荒く、いかにも俗物臭ふんぷんで、下手な(?)英語を使いまくり、しかし愛嬌もある母親が、地下に住んでいた家族の地味なお母さん(ソン・ガンホの奥さん)なのだ。これにはビックリした。
それ以上に驚愕したのが、軍の結構な上官のくせに姉に頭が上がらずしょっちゅう蹴りを食らっている伯父さんが、金持ちの大邸宅の地下に住んでいた不気味な中年のオヤジなのだ!
私は全く分からなかった。見方を変えれば、それだけ二人の役作りが素晴らしいということだ。韓国の俳優、ゆめ、侮ってはいけない。

さて、前回書いたようにこのドラマの脚本が素晴らしいので、私は、何人か共同で脚本を書いたものと思っていたが、驚くなかれ、40代の女性が一人で書き上げている。
そう言えば、このドラマの興味深い点に「男女の役割の逆転」がある。北の軍人と、南の財閥の令嬢の恋であることを前回お伝えしたが、北の若い将校ジョンヒョクこそがマメに自然に家事を行うのだ。
北にはインスタント麺などないので、麺を打ってカルクッスという「うどん」のような料理を作ってあげたり、ある時は取って置きのコーヒー豆を炒って焙煎でコーヒーを入れてあげたりする。また、冷蔵庫のドアに料理のレシピを貼って彼女であるユン・セリの元を去るといったシーンもある。
一方、セリは会社を経営している立場なのでドンドン会社の方針を決めるし、バンバン金を使う。しかし、家事をする能力はないし、そもそもやる意志もない。その代り、北から来ている韓国ドラマ大好きの若い兵士に対して思いもつかない痛快なプレゼントをあげたりする(これは「冬のソナタ」に関連している。見てのお楽しみ)。
尚、中国経由でスマホが入って来て、北の人が韓国ドラマを見ている可能性は十分にあり得る話だと思う。

ダイナミックなストーリーを考えつつも、ジェンダーの役割を交換させる発想が出来るのは、女性の脚本家だからではないか。個人的なことになるが、もう15年前ソウルに住んでいた頃、隣の部屋には20代の女性二人が住んでいた。一人が脚本家志望で、釜山の中学校の国語の先生を辞めてソウルに出てきて、勉強しているということであった。残念ながら、その方ではないのだが、優秀な女性が沢山シナリオの世界に入ってきて成果を出している、ということではなかろうか。

北と南の分断の現実や、南の財閥の欲望まみれの人間関係という現実も描かれるが、このドラマの大きな柱は寓話のようなラブ・ストーリーだ。それゆえに、ロマンティックな要素も取り込んでいるのが憎い。ジョンヒョクは若い頃はピアニストとしての才能もあり、スイスの大会で演奏したあと、湖の岸でピアノを弾くが、それを偶然、ユン・セリが聞くというシーンもある。長いつり橋の上でも二人は偶然に出会っている。ここの風景がとても美しいので、いつか将来この地を旅行で訪ねてみたいという人生の希望さえ生まれた。

さて、好きな韓国映画を一本!
38度線を挟み監視し合う北と南の兵士が交流する映画と言えば2003年の「JSA」である。JSAとは「共同警備地域」という意味だ。2000年代初頭、一気に素晴らしい韓国映画が日本に押し寄せたころの傑作の一本だ。

韓国映画「JSA」ソン・ガンホ

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非武装地帯で、韓国の兵士が誤って地雷を踏み、それを北朝鮮の兵士が解除してあげたことから、38度線を挟んで敵対し合っていた両軍の兵士の間で交流が進む。チョコレートなどを交換し合ったりする。しかし、ささやかな交流もやがて破局を迎える。ラスト、銃撃戦が続く中、韓国民主化闘争中よく歌われたというキム・ミンギの「朝露」の唄がそくそくと流れる。同じ民族の統一の道は遠いという悲しみがあった。

ソン・ガンホ、イ・ビョンホンという実力ある俳優がそれぞれ北と南の兵士を演じ、ドラマ「チャングムの誓い」のイ・ヨンエがスイスから事件を調査に来た女性を演じたのも記憶に新しい。

(by 新村豊三)

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