力作ドキュメント2本「行き止まりの世界に生まれて」「なぜ君は総理大臣になれないのか」

日米2本のドキュメントがとても面白くしかも心打たれる。お勧めしたい映画だ。

監督:ビン・リュー 出演:キアー・ジョンソン ザック・マリガン他

まず、中国系アメリカ人の28歳の新人監督のドキュメント「行き止まりの世界に生まれて」
見る前は、不景気にあえぐアメリカ中西部の「ラストベルト(錆びた帯状工業地帯)」と呼ばれる場所が舞台というから、この地帯が衰退した歴史的・経済的背景を描くのだろう、トランプ支持の理由が深く理解できるかと思って見始めたが、かなり違っていた。
「社会派」の作品と言うより、12年に渡るスケボー好きな3人の若者の家庭、仕事、人間関係等のパーソナルな記録なのだ。しかし、これが段々と普遍性を帯びてくるところがいい。

場所はイリノイ州のロックフォード。冒頭、この街を、3人がスケートボードで疾走していくシーンが圧巻。この映像が素晴らしく、一気に作品に引き込まれる。その3人の若者の中に監督自身も入っている。監督もスケボー大好き人間だ。
監督はカメラを回して対象である二人の友人を撮り続ける。インタビューも行う。一人は、若くして結婚するが奥さんにDVを振るい、子供もいるが別居することになる。もう一人は黒人だが、低賃金労働に苦しんでいる。

中盤、えっと驚く展開になっていく。ネタバレになってしまうが書いてしまうと、監督自ら被写体になるのである。中国人の母親にインタビューするが、再婚した夫、つまり監督の継父が、自分や監督に暴力を振るったことを母親が話し、それを聞いている監督の反応をそのままカメラに捉えるのである。
撮る対象と全く同じレベルで、上からの視線も、何か面白いことを発見してやろうというハッタリの姿勢もない。しかも、監督自身が家族のトラウマを抱えていて、映画を撮る過程でそれを克服していく。そこがいい。

この映画は、不況で危険な街ロックフォードを舞台としているが、「不況」とか「地方の衰退」ではなく、人間の赦し、傷つけられた過去の克服がテーマではなかろうか。それゆえに見ている人の心を打つ。そこが冒頭の、パーソナルな問題が普遍性を帯びてくるということだ。
もうひとつ。監督を全面的に信頼してカメラを回すのを許す友人の友情がとても好ましい。これは、「人間の信頼」が滲み出る映画とも言えよう。さらに、友人の一人はとてもハンサムで(日本の妻夫木聡かアメリカの若い頃のブラピのようだ)、映される場面場面が狙ったわけではないだろうが、ドラマティックな感じがするのだ。劇映画が「ドキュメント」に近づくことが時々あるが、この映画の場合、「ドキュメント」が「劇映画」に近づいているのである。
ここもとてもユニークで新鮮な感じがした。

「なぜ君は総理大臣になれないのか」監督:大島新

映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」監督:大島新

我が日本の「なぜ君は総理大臣になれないのか」は、香川1区の選挙区から出ている衆議院議員小川淳也氏の政治家としての13年間の軌跡を追ったものだが、久しぶりに感情移入をして見た作品だ。
彼は2007年に官僚を辞め民主党の議員に当選するも、党の運命に翻弄され幾つか所属政党が変わりながら議員を続けている。

映画を見ながら、もう政治に絶望(言い換えれば、自分も含めた日本の選挙民の意識の低さに絶望)している自分は、こんな情熱と理想を持ち続ける政治家もいるんだ、彼のような政治家がもっといたら日本も良くなるかもしれぬという一条の希望を感じたのだ。
2017年の選挙で、迷いに迷った挙句、「希望の党」に鞍替えし選挙を戦う件が圧倒的に面白い。応援演説に来た慶応大の経済学者井出英策氏の言葉がユニークで素晴らしいこと!(彼は、格差社会克服のための、経済政策を発表している)。
その横に立つ小川氏の切なくも真剣な表情と言ったらない。
不利な条件の中、奥さん(高校時代の同級生)、二人の娘さんも懸命に選挙活動をサポートする。娘さんは、時に、父親が街頭で有権者にキツい言葉を投げかけられる場面も目撃するが、めげない。
有能な政治家であり、昨年の国会では厚労省の統計不正を舌鋒鋭く追及し、「忖度」はびこる今の政治状況なら志ある官僚は育たないと喝破した。

ラスト近くに出てくる自宅のシーンには参った。香川で奥さんと家賃4万7千円の狭い住宅に住んでいる。夕飯の酒の肴に好物の油揚げを美味しそうに頬張る彼に好感を抱いてしまった。とにかく、彼は純粋。社会を良くしたいのだ。もう、少年のようだと言っていい。頑張って欲しいなあ。是非、頑張って下さいね!

(by 新村豊三)

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