「3.11」から丁度10年。昨年の秀作「風の電話」

2011年3月11日午後2時46分、私は東京練馬区にある勤務先の学校にいた。長い揺れが収まると、放送で生徒をグラウンドに呼び出した。その日は、学年末試験の後の休みで大半の子は学校に来ておらず、部活で登校した140名程の生徒しかいなかったのは幸いだった。
当時、私は災害の担当をしていたので地震の対応を行った。生徒の安否を確認した後、電車が止まったので、生徒を住所別の帰宅グループに分け、帰れる生徒は歩いて帰す指示をした。一番遠い生徒は20数キロを、東京西部の稲城市まで歩いて帰った(中高一貫の男子校だが、その高2の生徒は山岳部だった)。

結局77名の生徒を学校に泊めることになった。大きな教室に入れて、ペットボトルの水や乾パンを配布し、床に就かせ、夜10時頃、やっと自分の食事が取れると外に出て、近くのラーメン屋に入った時に見たテレビの、津波を伝えるニュース映像を見た時の衝撃は一生忘れられないだろう。
東北の海岸に津波が押し寄せる光景はにわかには信じられなかった。気持ちが昂ぶり午前2時くらいまで眠れなかった。午前6時には校長からの電話が入り、朝から、生徒をどう帰すかなどの協議をした。順次、グループ毎に生徒を帰し、一番遠い生徒が無事に家に帰りついたのを電話で確認したのは夕方4時だった。
以後、大変な日々が続いた。23日連続で登校して、また地震が起きた時はどうするかを考えたりした。

そんな風に、10年前の「3.11」、100年に一度の未曽有の出来事に際して、皆がそれぞれの忘れられない記憶があると思う。余談だが、学校に泊まった高3のある生徒は、数日後、東銀座にある岩手県のアンテナショップ前で東北支援の募金活動を自主的に始めて、数週間続けた。自分の学校の生徒ながら頭が下がった。
2016年の年末には一泊二日で、高1の生徒たち数名と一緒に宮城県の気仙沼に行き畑地を清掃するささやかなボランティアを行った。

さて、日本映画も、ずっと、震災の様子、また、震災後に被災地に暮らす人々の生活や想いを描いて来た。きちんと調べた訳ではないが、何十本もあるだろう。昨年も、岩手の被災地で、津波で棄損され汚れた写真を復元する実在の写真家を描いた「浅田家!」があった。
そういった作品を全て見て来たわけではないが、特に優れているのは、「遺体 明日への10日間」(2013)、記録映画「福島を語る」(2019)だと思う。描かれる事が重大だから、さかしらに映画の質を云々するのは慎みたいが、この2作は表現も内容も良かった。

好きな映画を一本。静かで深い感銘を受けたのが昨年の「風の電話」だ。1月末の公開だったので、気になりながらも見に行けず、先日やっとDVDで見た。

「風の電話」監督:諏訪敦彦 出演:モトーラ世理奈 西島秀俊 三浦友和ほか

監督:諏訪敦彦 出演:モトーラ世理奈 西島秀俊 三浦友和ほか

津波で両親と弟を亡くして、広島の叔母の下に引き取られて8年経った高3の女の子がヒッチハイクをしながら、故郷岩手県大槌町に帰り着く話だ。
劇映画とドキュメントが一緒になったような作品で、登場人物がとても自然でリアルであり、長回し撮影も効果をあげている。自然の描写も美しい。主人公はモトーラ世里奈という新人で、この子の寡黙で繊細な演技がとても良い。
道で倒れた彼女を自宅に連れてきて食事をさせてあげる初老の男性(三浦友和)、車に乗せて何かと気を遣ってあげる姉弟、福島が故郷で彼女を岩手まで連れていく元原発の関係者(西島秀俊)など皆がいい。
途中何度か目頭をぬぐった。そうか、肉親や家を失った人は、今こういう現実を生きているのかという想いである。

様々な人が印象的な言葉を言う。周りが豪雨で流された三浦友和の「生きているのは偶然かもしれない。でも、人間は食わなきゃいけない。そして出して。食って出して」、自身も津波で妻子を亡くした西島秀俊の「(自殺して)死んでしまったら、津波で死んでしまった人を思い出す者が誰もいなくなるぞ」、西島の父である西田敏行の「(56年前の映画「警察日記」で見た福島の)あのキラキラした田んぼが帰ってこないか」といった言葉だ。

主人公は偶然、「風の電話」の存在を知る。「風の電話」とは、亡くなった人と話が出来るとされている実在の電話だ。ラスト、電話ボックスでの10分ほどの長回しで、亡くなった家族に話しかけるシーンがいい。
「皆と会いたい。でも、会う時までは私は生きていく。おばあちゃんになっているだろうけど」と言う言葉で、ヒロインは生きる意志を取り戻したと思った。ここに救いがある。どうか、強く生きて行ってほしい。

(by 新村豊三)

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