俊英 岨手由貴子(そでゆきこ)監督の秀作「あのこは貴族」

まだ38歳で、監督作品も少ない岨手由貴子(そでゆきこ)監督の新作「あのこは貴族」がとても面白く、後味もいい秀作だ。

あのこは貴族 監督:岨手由貴子 出演:門脇麦 水原希子ほか

監督:岨手由貴子 出演:門脇麦 水原希子ほか

共に大学生である、東京のお嬢様華子(門脇麦)と富山から上京した庶民の女の子美紀(水原希子)の話だ。階層が違い、生活も物の考え方も全く違う二人の人生が丁寧に描かれる。
原作は富山出身の山内マリコの小説。脚本監督は長野出身の岨手。二人とも東京のお嬢様ではないはずだが、よくリサーチしたと思える、ディテールに富む東京のお嬢様の生活が興味深く描かれる。

例えば、椿山荘と思しき、庭園付きの高級な和風建築の一室での元日の会食。お嬢様の家庭は渋谷の松濤(しょうとう)という高級住宅地に住む医者。家族一同が集まって贅沢なお食事だ。話題は次女である華子の結婚話。他にも彼女は高層ビルにある見晴らしのいいお店で友達とお茶するのだが、何層もある器に盛られたスイーツが出て来る、このティーセットは何と4000円だ。
こういう描写が、誠に品よくリアルでゆったりとしていて、お見事。特に嫌味も感じさせないのもいい。

一方、普通の親がいて、弟から「姉ちゃん」と呼ばれる庶民の美紀は、慶応の文学部の学生だ。日吉の入学式で、幼稚舎・慶応高校出身の、入試を経ないで大学生になった連中の世慣れし緊張感のない態度に驚きを感じたりする(この描写もなかなかリアルでいい。慶応には、幼稚舎組をトップにし、次は東京の私立高、一番下は地方の県立校といったヒエラルキーがある由)。
華子はお見合いをして慶応大から弁護士になったエリートと結婚し、美紀は親が学費を払えなくなり大学を中退して働きだす……。

この二人が一瞬だけ交差する。婚約者がクラブで知り合った美紀と親しくするところを、華子の女子高の友人が見てしまい、疑問を感じて二人を会わせるのだ。といっても、「対決」といった関係にならない。華子は「金持ち喧嘩せず」タイプでおっとりしている。人を好きになることもよく分っていないようだ。この華子を演じた門脇麦は好演だ。

映画はこの後の展開が面白い。二人が、様々なことを経て自分の人生を生き、自分の道を見つけて成長していくのがいい。だから、60代半ばを過ぎた自分も後味が良くて元気も出るのだろう。

この映画は、友情の話でもあると私は受け取った。美紀は同じ高校、同じ大学の親友を持つし、華子にも親友がいる。何でも話せる、美紀の友人がこんなことを言う、「旦那様だろうが友人だろうが、聞いてくれる人がいるのはありがたい。今、中々そんな人いないのよ」、と。
私自身が田舎という「外部」から出てきて東京で学生生活を送り、その後の人生で、都会の様子、都会に暮らす人の多様な生き方を知ることが出来て実に面白かった(幸か不幸か、階層の高い「上部」の人とはついぞ交わらなかったが)。同じ田舎から出てきて、学生以来何でも話せる友がいたのは有難いことであった。

話が映画から逸れてしまった。この監督、シナリオも書いて優秀。話を明晰に映像として伝える技術も持っている。撮影も良く、東京の街が魅力的に撮れている。
実はこの監督、5年前、ある映画祭で見かけている。残念ながら、直接話をする機会は逸した。話をした知り合いによると、お子さんが生まれたばかりで、ベビーカーに乗せて押しておられたそうだ。「子供が昼寝をしている間に少しずつ次のシナリオを書いている」との事。頑張るなあ。
未来を担う期待の女性若手監督は、「0.5ミリ」の安藤桃子、「37セカンズ」のHIKARIだと思うが、新たに、この岨手由貴子が加わったと思う。この作品、皆さんにも見てほしいなあと思う。

好きな映画をもう一本!
映画祭で上映された彼女の作品「グッド・ストライプス」も後味のいい作品。

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30歳前の優柔不断な都会育ちの男性真生と、富山出身で可愛くはあるが性格は可愛いとは言えない女性の緑が、お互いの家族と会い最後に簡素な結婚式を挙げるまでの話だ。
随所にユーモアがあり、笑いながら見た。リアルで存在感ある脇役が何人も登場する。緑の姉は独身の地方公務員で、初対面でも結構辛辣なことを言う。いそうだなあと思う。真生には、小さい時に離婚で別れ、今は和歌山に暮らす写真家の父親がいる。穏やかなインテリだが、実は年下の女性と暮らし近く赤ちゃんも生まれる。隅に置けない味のある人物だ。
今の時代を生きる若者や父親世代の生き方を肯定する眼差しが向けられ、この作品も後味がいい。

(by 新村豊三)

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