ドイツ映画「水を抱く女」「婚約者の友人」「希望の灯り」

まずまず面白いドイツ映画の新作「水を抱く女」を見た。原題の「ウンディーネ」はヒロインの名であり、ウンディーネとは「オンディーヌ」神話で知られる「水の精」である。これに、巧みな邦題を付けたセンスに感心する。「オンディーヌ」の物語を知っていても、私のように全く知らなくても、面白く見ることが出来るだろう。

監督:クリスティアン・ペッツォルト 出演:パウラ・ベーア フランツ・ロゴフスキ他

監督:クリスティアン・ペッツォルト 出演:パウラ・ベーア フランツ・ロゴフスキ他

ベルリンで、観光客に対し、この街の歴史レクチャーを行っている歴史学者のウンディーネ(パウロ・ベーア)は、物語の冒頭、恋人に振られてしまうが、その後、実直で誠実な潜水夫クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と知り合い、恋に落ちる。しかし、そのクリストフは、潜っている湖での作業中に事故にあってしまう。すると、ウンディーネは、自分を振った男の自宅を訪れて……。
「男と女の愛の話」と思って見ていると、サスペンスやミステリアスなところが生まれてくる(それもそのはずで、ヒロインにはある宿命があるからだ)。

映画は水のイメージに溢れている。画面に現れるのは水槽、湖の中、湖底、プールなどだ。また、ピアノがとても効果的に使われているが、バッハの作品である。
ヒロインの仕事の中でとは言え、舞台であるベルリンの歴史がかなり説明されて、街も共演者と言いたい程だ。(ベルリンは元々、沼地だった由)。
映像にもっと官能性が出ていたら、傑作だっただろう。しかし、撮影時まだ25歳のパウロ・べ―アは年齢以上に色っぽいところがある。歩道で昔の恋人とすれ違うシーンのショットはなかなか魅力的に撮れていると思う。

さて、彼女を最初にスクリーンで見たのは、2016年製作の「婚約者の友人」という作品だが、これはストーリーも面白く映像もいい。監督はフランスのフランソワ・オゾンだが、時代は1919年、ドイツの地方のある街を舞台にした、第一次世界大戦で婚約者を戦争で亡くしたドイツ人の若い女性アンナの物語だ。パウロ・ベーアはその悲劇のヒロインを演じている。

監督:フランソワ・オゾン 出演:パウラ・ベーア ピエール・ニネ他

監督:フランソワ・オゾン 出演:パウラ・ベーア ピエール・ニネ他

ある時、婚約者フランツ(映画の原題は「フランツ」)と戦前に友人だったというフランスの若者アドリアンがアンナを訪ねてくる。パリの管弦楽団でチェロを弾いているというアドリアンは、婚約者の両親にも気に入られる。しかし、書いてしまうと、友人ではなく、何と戦場で会ってしまった男なのだ……。
戦争の残酷さを描くと思いきや、映画はそう単純には進まず、終盤、人間の赦しや、エゴや、身勝手さといったことを考えさせる展開になる。そこが独特で面白い。アンナが、列車に乗ってパリに暮らすアドリアンを探しに行く件もサスペンスと言うか、静かな緊張がある。
映画はシャープなモノクロで撮られているが、時折、現実を豊かに取り込むカラーになるのがとても効果的。また、この映画でも音楽がウットリするくらい良い。
この映画でも、パウロ・ベーアは悲しみや戸惑いを的確に表現している。正直に言うと、この映画の方が「水を抱く女」より作品として上だと思うが、そこは、まあ、各人の見方によるだろう。

さて、好きな映画をもう一本!「水を抱く女」で、潜水夫を演じたフランツ・ロゴスキーも最近よく見かけるドイツ人俳優だ。決して、美男子ではなく、地味な労働者役が似合う俳優だ。彼が主役を演じた、2018年のドイツ映画「希望の灯り」(原題「通路にて」)もいい映画だった。

監督:トーマス・ステューバー 出演:フランツ・ロゴフスキ サンドラ・フラー他

監督:トーマス・ステューバー 出演:フランツ・ロゴフスキ サンドラ・フラー他

ライプツィヒ近郊と思われるある街の巨大スーパーで、陰のある若者が在庫管理の仕事の試用を受ける。体にタトゥーがあるこの若者をロゴスキーが演じるが、見終わって、彼こそが役柄にぴったりだと納得する。
若者に仕事を教え一緒に煙草を吸いビールを飲む、無骨だが優しい上司が人間味を滲ませ存在感がある。若者が思慕の念を抱く年上の女性もいい。
仕事に使うフォークリフトが店内を動き回る様子もいいし、音楽の使い方が驚くほど新鮮(「美しき青きドナウ」、英語のポップスなど)。戸外の澄んだ空気を映しだす映像もクオリティが高い。
スーパーの従業員は、東西ドイツの統一で転職させられて不本意な人生を生きている者が多い。その為、映画は全体として暗く地味ではあるが、ラスト、一筋の希望の光も射し、観る方も静かな感銘を受ける。
実は、「水を抱く女」の監督、パウロ・ベーラ、フランツ・ロゴフスキが組んだ「未来を乗り換えた男」という作品(2018)もある。しかし、残念ながら、この作品は私には今一つだった。

(by 新村豊三)

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