韓国女優ユン・ヨジョンが先日のアカデミー賞の助演女優賞を獲得した。4月10日の回で紹介した韓国系アメリカ人監督の「ミナリ」で、ソウルからアーカンソー州にやって来た祖母を演じた。御年73歳でヨジョンおばさんと呼びたいが、私より7歳上なだけだから、ヨジョン姉(あね)さん、と呼べばいいか。姉さん、受賞おめでとう。アジア系の女優では二人目だというから快挙だ。
彼女が出演している作品は、「ミナリ」以外に今年もう2本見ている。2月10日の回で紹介した「チャンシルさんには福が多いね」と、「藁にもすがる獣たち」だ。
親しさを感じさせる庶民派の女優。どこにでもいそうな平凡な容姿。汚れ役も出来るし、人生のしみじみした情感も出せる。しかし若い頃は魔性の女も演じたし、数年前は、性を売る年配の女性役も演じているし、役柄は広い。
ユン・ヨジョンの映画を初めて見たのは、日本では2004年に公開されたイム・サンス監督の「浮気な家族」。詳述するスペースがないのが残念だが、この映画もなかなか面白い秀作。激しい性描写で見る者に衝撃を与えたが、ワインを飲んで不倫をする彼女が記憶に残っている。
彼女は20代から活躍したが結婚を機に渡米して女優生活を中断した。1984年に帰国して、この映画が復帰3本目となる。
デビューは、何と、韓国映画界の怪物と言われるキム・ギヨン監督の映画。キム・ギヨン監督は、昨年6月20日の回に紹介した監督だ。監督の1960年の「下女」は高く評価され、監督自身が、何度もリメイクを繰り返しており、ユン・ヨジョンは1971年「火女」、1972年「蟲女」に主役で出ている(当時23~24歳)。
私は韓国の劇場でこの映画を見た。韓国映像資料院が出しているキム・ギヨンDVDコレクションの「蟲女」には、特典として副音声で、昨年「パラサイト」でアカデミー作品賞を受賞したポン・ジュノと映画評論家の対談が付いている。二人は「ヨジョン先生」と敬語を使い、リスペクトしているのが興味深い。映画界の大先輩だし、自分たちが若い頃熱中した映画の主演女優なのだ。
「蟲女」は、若い女が、本妻のいる男の愛人になり、結局、夫婦が破滅に至る映画。多数のネズミが出てくるなど奇怪なイメージに溢れる怪作だが、ラストが異様に盛り上がるカルト的な傑作。加えて、ユーモアもあるのがまた一興。
韓国映画の異才、ホン・サンス監督の映画にも出ている。「ハハハ」でも、仏の実力女優イザベル・ユペールが出ている「3人のアンナ」でも、普通のおばさんを自然体で演じている。つまり、様々な監督に引っ張りだこなのだ。
今の彼女は、たとえれば韓国料理のテンジャン(味噌)みたいな存在かもしれない。素朴で庶民的で、深いコクを出す。しかもこのテンジャンはかなり熟成されている。
さて、好きな映画をもう一本! ユン・ヨジョンが出番は少ないものの存在感あるのが、2月に見た「藁にもすがる獣たち」。
この映画は大金を巡るクライムサスペンスだが、今年見た韓国映画の中で一番「映画的コク」がある快作で「映画の面白さ」を堪能させられる。
原作は日本の曽根圭介の小説で、話が非常によく出来ている。ホテルのサウナのロッカーに持ち主が取りに来ないバッグがある。従業員がこっそり開けると一億相当の大金が詰まっている。この中年従業員は金に困っている。彼以外にも、ヤクザみたいな金貸しに借金の取り立てを迫られる下っ端の公務員、そして夫の暴力に苦しんで夫を殺そうとする若き妻が登場する。この3人の話が、時制もバラバラに同時に進んでいく。ここがまず巧い。
公務員と若き妻を繋ぐのが、その若き妻が勤務する高級キャバクラの熟年マダム。これが凄い悪女。韓国No.1女優のチョン・ドヨンが演じている。本当に上手い。
彼女を始めとして登場人物たちのキャラが立つ。金貸し、一癖ある刑事、実直な従業員など皆の表情がいい。
演出も冴えを見せる。ある事件が起きる雨の夜はフイルムノアールの雰囲気があり、一方で韓国庶民の生活が濃く匂ってくるところもある。この映画でも幾つか殺人が起きるが、その表現が「エグく」ないところはこの映画の美点。抑制的で品があるのだ。
ヨジョン姉さんは、ホテル従業員の母親役を演じている。ラスト近く、燃える自宅を見て落胆する息子にかける言葉に説得力がある。「朝鮮戦争でもこんな風景を見て来た。大丈夫だ」、と。御本人も幼少の頃、この戦争を体験しているのだ。
(by 新村豊三)