豊かで心打たれる濱口竜介監督の秀作「ドライブ・マイ・カー」

濱口竜介監督の、カンヌ映画祭での「ドライブ・マイ・カー」の脚本賞・国際批評家連盟賞の受賞を心から喜びたい。
監督の最初の作品を見たのは2008年の「passion」。ある夜、男女の友人5人がマンションの一室に集まる。デリケートな会話の中で、お互いの微妙な恋愛感情が明らかになってくる内容だった。10年以上も前に見ており、細部をほとんど覚えていないが、人間関係が浮かび上がる会話が優れており、シェイクスピアの芝居のような感触を抱いた。
濱口竜介監督はユニークな経歴の持ち主で東大を卒業後、東京芸大大学院に入り、この作品を院の終了作品として製作したのだ。

さて、2015年の「ハッピーアワー」が大好きである。何と3部作で上映時間5時間を超えるが、少しも退屈しない。作り方が実にユニーク、世界に類を見ない作品だ。監督は神戸を拠点に、アマチュアに演技指導を行う「ワークショップ」を開いているのだが、この映画はその実際のメンバー4人を主人公にした日常のドラマ。

監督:濱口竜介 出演:田中幸恵 菊池葉月 三原麻衣子 川村りら

監督:濱口竜介 出演:田中幸恵 菊池葉月 三原麻衣子 川村りら

30代後半の4人は神戸に暮らす同級生で、看護師のあかり、専業主婦で中学生の息子のいる桜子、アートセンターで働く芙美、学者の夫のいる純だ。ともに仲がよく、有馬温泉へ行ったり、ケーブルカーを使って六甲山に行ったりする。
大きな事件は起こらないが、桜子の息子が好きな子を妊娠させたり、純は離婚して裁判があったりする。
4人の俳優は当然見たことなかったが、その人物にピッタリの役柄を与えられており、皆に自然な存在感がある。「生々しい」とはちょっと違うのだが、何かよく知っている、身近な人の生活・生き方をじっと見ているようだ、と言えばいいか不思議な感覚なのだ。
あまりに身近に感じられ、純役の俳優さんには「恋心」に近いものを抱いた程(!)。こんな風に、素人が自然に演じその役を生きられるドラマを作り、リアルな映像表現の幅を広げた画期的な作品だったと思う。
2018年の「寝ても覚めても」もまずまず面白い作品だった。別れた恋人とそっくりの男性が現れ、ヒロインがその男を好きになってしまう。主役の東出昌大と唐田えりの現実の不倫により、別の意味で話題になってしまったが。

「ドライブマイカー」監督:濱口竜介 出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか他

監督:濱口竜介 出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか他

好きな映画をもう一本!「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の短編が原作。原作を読んでいないが、この映画は179分の長尺であり、恐らく脚本・監督の濱口竜介が大幅に脚色したのだろう。
俳優・演出家の家福(西島秀俊)は、劇作家だった妻の突然の死の2年後、依頼を受けて、車で広島に向かい、ロシアのチェーホフの芝居「ワーニャ伯父さん」を上演する仕事を始める。仕事は出演する俳優のオーディションから始まっていく。
この演劇がユニークなのは多国籍の俳優により、多国籍言語で演じられることである。俳優は日本人、ロシア語が話せる日本人、韓国人、台湾人、それに口のきけない韓国人である(舞台には、日本語、ロシア語、韓国語、中国語の字幕が付く)。それに手話まである。手話がこんなに美しいとは思わなかったほど。

数か月に渡る仕事なので、家福は、車で1時間のところに部屋を借り、スタッフに手配された若い女性ドライバーみさき(三浦透子)が運転する車で仕事場と部屋を行き来する。みさきは寡黙で無表情、野球帽を被りクールに運転をこなす。
この映画はまず、芝居制作のプロセスが興味深いが、終盤ある事件が起きて、演劇が続けられなくなってしまう。その後の展開がストーリーも画面も見事なほど「映画的」だ。家福がみさきの運転で赤い車に乗って彼女の故郷である北海道を目指していくシークエンス、雪景色の中でかつて住んでいた家を見るシーンは、演出も撮影も本当に素晴らしい(カメラがみさきの顔を捉えて音が完全に消失する効果的なシーンもある)。
みさきも壮絶な過去を生きてきたのだが、その雪の中の風景で互いを理解しあった二人が抱擁をするシーンは心にグッと来た。
ラスト、上演されるお芝居の登場人物たちの台詞も胸に響いた。私たちはシンドイ生を生きているが、肯定して生きていこうと言っているように私には感じられた。

さて、映画の特徴がもう一つある。映画は多彩な言語が飛び交い、言葉に溢れる。しかし、寡黙の方が深い想いを伝えること、また「手話」によって言葉なしで伝えあうことも見せる。芝居の稽古では感情を入れない「台詞棒読み」もある。見ながら、言葉の多彩な様相に思いを巡らした。

(by 新村豊三)

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