水俣を撮ったユージン・スミスを描く「MINAMATA―ミナマター」

ジョニー・デップ(「シザーハンズ」「デッドマン」等)が、映画「MINAMATAーミナマター」で実在のカメラマン、ユージン・スミスを演じて好演している。
ユージン・スミスは1971年にパートナーで通訳のアイリーンと共に、熊本県の水俣に来て3年間暮らしながら、水俣病の患者や抗議活動をする人や、有機水銀を海水に流し続けて病気の原因を作ったチッソの会社を撮り続け、71年に写真集を出版して、世界に衝撃を与えたカメラマンだ。

熊本出身の自分としては、アメリカの制作者たちによくぞ作ってくださった、と言いたい。ユージン・スミス個人についてはほとんど何も知らなかったので、色々なことを知ることが出来た。
酒好きで水俣でも朝から酒を飲んでいたとか、チッソの社長に大金を積まれて買収されかけたとか、暗室のある家を放火されたとか、あろうことか、本社前で暴行を受けたとか、知らないことばかりだった(この映画の出来事は、「映画」だから、多少の脚色もあるだろうが、おおむね真実なのだろう)。

ニューヨークで自堕落な生活を送る彼は水俣病の支援者に請われて水俣に来て写真を撮り始める。最初はそれほどの真剣さはないものの、事態の深刻さに気付いていく。
クライマックスと言うべきラストの流れがいい。暴行を受けた本人が、反対運動の集会で家庭の写真を撮りたいと申し出て、参加者のほとんどから手を挙げて賛意を伝えられる。そして、母親に抱かれて入浴する胎児性水俣病患者あきこさん(上村智子さんがモデル)の写真を撮る。写真を撮るとき、カラーの画面がモノクロになり、現実に残るリアル写真と変わる(有名な写真で、先日、図書館で再見した)。

ジョニー・デップだけでなく日本の俳優も良かった。抗議運動のリーダー役の真田広之を見るのは久しぶりだった。彼も年を取ったが、その老け方が映画にリアリティを与えた。チッソの悪役社長役の國村隼も好演だ。あきこさんの父親を演じた浅野忠信を始めとして、皆、熊本弁も良かったですバイ。
映画は、70年代初頭の地方の海辺の街、家屋、家の中の調度品などうまく再現していると思う。真田広之が色々とアドバイスをしたそうだ。

しかし、見終わって大きなカタルシスが湧くわけではない。最後のタイトルロールで列挙されるが、今も、福島の原発の処理を始め世界各地に公害や様々な汚染の問題があるからだ。

若干、言わずもがなの事を言う。やはりアメリカ映画だなあと思う。「MINAMATA」というタイトルであっても、アメリカ人のユージン・スミスを主役に据えて、彼自身と、彼の目から見た水俣を描いていて、すっきりし過ぎと言うか、やや小さく完結してしまった感じを抱く。
実はこの映画を見る直前に、石牟礼道子の「苦海浄土」を読んだのだ。素晴らしい作品だった。犠牲者がいるのに素晴らしいと言うのは不謹慎かもしれないが、患者の悲惨な生活、病気になる前の、海での漁の牧歌的ユートピア的労働、支援者・会社側の人間の描写が素晴らしいのだ。リアルでありつつ詩的だ。
およそこれまで読んだ文学作品の中でこれほど心揺さぶられ、方言を中心とした表現の豊かさに圧倒された作品はなかった。

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映画には、この、患者の豊かな海の生活と悲惨な暮らしぶりが出ていない。当時の水俣の街に出現した、医学部関係者、石牟礼道子とか、この問題に関わった様々な勢力、多彩な方々のパワフルで恐らく混沌として混乱した様子もない。これが映画に出ていたらもっと大傑作だったと思うが。
「水俣病の世界」を理解するには、多面的多角的アプローチが必要だろう。少なくとも自分はそうしたい。この映画、「入門」の役割は十分に果たしていると思うが。

好きな映画をもう一本!

実在のカメラマンを描いたドキュメントでは2003年の「戦場のフォトグラファー」が素晴らしい。ニューヨーク在住のカメラマン、ジェームズ・ナクトウェイが世界の紛争や社会問題を取材する姿を追っている。
コソボ、パレスチナ、ジャカルタ等がその対象になる。ジャカルタの、線路沿いの掘っ立て小屋で暮らす極貧の家族の事が忘れられない。
ユージン・スミスが酒を手放せず、言わば「破滅型」的であったのに対し、ナクトウェイは、禅僧のように自己を厳しく抑制し、常に穏やかでリスペクトを持って対象に接していく。そこに頭が下がった。
スマホ全盛の時代の今、カメラによる報道はどんな立場にあるのだろうか。

(by 新村豊三)

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