中国映画の秀作「少年の君」

胸が締め付けられる中国映画「少年の君」を見た。7月に公開が始まり、口コミで評判が伝わったのではないだろうか、10月に入っても都内の劇場で細く長く上映が続いている。

「少年の君」監督:デレク・ツァン 出演:チョウ・ドンユィ イー・ヤンチェンシー他

「少年の君」監督:デレク・ツァン 出演:チョウ・ドンユィ イー・ヤンチェンシー他

まず、異例なことに、「イジメ問題が減るのを希望する」という意味の字幕が出る。その後、イジメや低所得者の生活など現代中国の負の部分がかなりリアルに描かれていく。ジャ・ジャンクー(「帰れない二人」等)のような、常に中国経済成長の影の部分を描くインディペンデント系の監督ならいざ知らず、人気スターやミュージシャンが出るメジャーの作品では珍しいのではないか。
国が「教育啓蒙映画」として製作を要請したのではないかと思う。そして見ているうちに気づくが、作り手はその企画に、気迫を込めて「普遍的な若者の青春像」を塗りこめ、それがこの映画を、教育映画を超えた傑作にしていると思う。後半の展開には目が離せなくなり画面に釘付けになった程。

地方都市の高校で、飛び降り自殺がある。イジメを受けていたのである。他の生徒は誰も何もしないのに、ひとり、遺体に服を掛けてあげた転校生の女の子チェンが、また、イジメの対象にされていく。イジメをするのは、金持ちのお嬢さんを中心としたグループだ。
この学校は地区の進学校であるという設定で、あと半年で日本のセンター試験に当たる「高試」が始まるので皆は勉強に励んでいる。教室の各人の机の上に、参考書の束がドンと載っている様が壮観で驚く。担任はこれで人生が決まる、北京大や精華大を目指せと檄を飛ばす。固有名詞が出るところが映画としていい。因みに、習近平も精華大出身だ。
チェンは、貧しい家庭である。父親はいないし母親も怪しげな化粧品を売る仕事をしていて家にはいない。しかし、彼女の成績はトップクラス。北京の有名大に進学して現状突破をしたいのだ。
チェンはチンピラの男の子シャオペイと知り合う。親の顔を知らないで育っており、勉強なんかしてどうなるんだという考えである。シャオペイはイジメに逢っているチェンを助けるようになる。

この映画に圧倒されるのは後半の展開だ。チェンが、集団で酷いイジメを受けて、シャオペイの元へ行き、頭を坊主頭にするシーンの後、高試が始まる。試験当日、雨の中、沢山の傘が画面に溢れる。試験会場のショットと、カットバックで工事現場からある遺体が出て来るショットが重ねられる。イジメていた同級生の女の子の遺体だ。
捜査を開始した警察が、一日目の試験が終わったチェンを重要参考人として尋問するところに驚く。翌日二日目の受験より犯罪捜査優先だ。ここら辺から大きなサスペンスが生まれる。イジメ同級生はどうやって殺されたのだ、殺したのは誰なのだ、そして、チェンの受験はどうなるのだ、と。
ネタバレになるので詳細は書かないが、チェンとシャオペイが疑われて刑事から別々に尋問を受けることになるが、このシーンのカットバックは迫力があり異様なほど心が昂り画面に惹きつけられる。
その後も、二人が刑務所で出会うシーンがあるが、二人が会った時の、二人の万感の思いを込めた表情にはもう胸締め付けられる程だった。ヘタな言葉にした途端消えてしまいそうだが、現代中国の「青春残酷物語」を生きる二人の、まだ幼いが、必死の切ない想い、魂の呼び合い、なのだ。
そして、映画は巧みに、8年後のファーストシーンに戻る。チェンは、英語塾で、子供たちに英語を教える仕事をしている。穏やかで落ち着いた表情で授業を進める。授業が終わると、授業中、元気のなかった子供に声を掛けてあげて、困っていることはないか悩みはないか聞こうとする。そんな優しい人間へと成長している。
良く晴れた穏やかな日(映画はそれまでずっと暗い画面が多かったが)、チェンと子供が外の道を歩いていく。シャオペイが後ろから歩いて見守る。それがラストシーンだ。

チェンを演じたチョウ・ドンユイはチャン・イーモーの「サンザシの樹の下で」の主役女優。華奢で、幸せ薄そうで、しかし内に強い意志がある少女を見事に演じた。大人になってからのノーブルな感じもいい。シャオペイ役のイー・ヤンチェンシーは、中国で人気の歌手グループの一人。やさぐれていて繊細。
監督にも驚く。デレク・ツァン。香港の渋い俳優エリック・ツァン(「ラブソング」「インファナル・アフェア」等に出ている小太りのオジサン)の息子さんだった。もっと彼の作品を見たいと思う。

(by 新村豊三)

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