聴覚障碍者が主人公の映画2本「サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~」と「殺人鬼から逃げる夜」

聴覚障碍者が主人公の、米韓の映画2本を見た。タイプは全く異なるが、新鮮な発想の映画でそれぞれ面白い。まず、アメリカ映画「サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~」。アカデミー賞で音響賞、編集賞を受賞している。

監督:ダリウス・マーダー 出演:リズ・アーメッド オリビア・クック他

監督:ダリウス・マーダー 出演:リズ・アーメッド オリビア・クック他

ミュージシャンの青年ドラマーが、突然耳が聞こえなくなり、手話を学ぶ学校に入る。当初、その境遇を受け入れられないものの、段々と、大人たちの聾唖者や子供たちとも慣れていく。子供に好かれるのか、一度は学校に残って教える側になることを勧められる。
後半画面に惹きつけられる。全く予想のつかない方向に映画が展開していく。手話を習ったのに、主人公は耳にインプラント手術を受け聴力を取り戻す決心をする。えー、こんな手術があるのかと思う。しかも、高額の手術。最高で800万!手術後、包帯をはずして入ってくる音がメタルっぽい。ああ、これでしかないのか。(そしてこれがタイトルである)。この時の音響は効果的だ。

病院を出た後、一緒にトレイラーハウスに暮らしバンド活動を行っていた恋人の家に行く。僕の好きな俳優マチュー・アルマリックが父親を演じる。父親は彼に好意的だが、段々と、年下のフランス系アメリカ人の恋人と隙間風が吹いているのを感じとってしまう。再会の一夜を共にした次の日の朝、主人公はある行動を取る。本当に切ない話だなあと思ってしまった。
外に出ると、また、あの、メタリックな騒音。主人公(好演)は耳に掛かる機械を外す。また沈黙かつ静寂の世界に戻る。ここは、見た人によって意見が分かれるようだ。サイレンスを経験出来て良い、と言う映画仲間もいる。私は、あの、不自由な不合理な世界を引き受けていかねばならないことの諦念が描かれていると思う。

突然だが、僕の左耳は右の半分の聴力でしかない。60代も半ばを過ぎて最近は子音がよく聞き取れなくなってきた。若い頃は補聴器を付けて見たことがあった。音が、あんな風に、金属音と言うか、音を全部拡大するだけで、人の耳のように、繊細に精密に人の声を拾わないので、折角買った高価な補聴器を止めてしまったことがある。診てもらった慶応大の耳鼻科の先生は、僕もよく聞こえず人の声は手を当てて聞くのですと言われた。この言葉には励まされた。またイラストレーターの和田誠さんも左耳が悪かった。いつも、右耳で聞けるように、人の左に座る、と御本に書いておられた。それを思い出した。
と、話がずれてしまったが、ルービンさん(主人公の名だ)、元気で生き抜いていってほしい。

好きな映画をもう一本!「殺人鬼から逃げる夜」

監督:クォン・オスン 出演:チン・ギジュ ウィ・ハジュン他

監督:クォン・オスン 出演:チン・ギジュ ウィ・ハジュン他

題名からもチラシからもエグそうだと思ったが、評判がいいので見に行った。冒頭、字幕根本理恵と出て期待が高まる(彼女が字幕を付けた映画は、この25年ハズレがないからだ)。ハングルの原題が「ミッドナイト」と出る。実に簡潔。煽情的なタイトルを付けないでほしい。
しかし、見ると内容は正に「殺人鬼から逃げる」わずか一夜の物語。耳が聞こえず話をすることが出来ない、昼間は手話オペレーターの仕事をする女の子が、夜に、サイコパスの若い男の殺人事件に巻き込まれる。
「しつこい」描写も時々出てきて、途中キライになりかけたりするが、最終的には評価したい映画となる。

この映画の面白いところは、ヒロインが(母親もだが)、話が出来ないので他人に自分の危機を伝えられない、その危なさともどかしさだ。それが上手く映画的趣向を盛り上げる役割を果たしている。
犯人は、のっぺりとして、クールでしかし饒舌で、何を考えているか分からない、だからこそ不気味で怖い奴だ(犯人役は、これはこれで好演だろう)。彼に追われてヒロインが夜の街を逃げて走る「画」もなかなかいい。先行する「殺人の追憶」「チェイサー」でもそうであったが、音楽がドンドコドンドコと鳴る。走る高台の向こうに繁華街が見える撮影なんてとてもいい。

こんなサスペンス映画なのに、ヒロインが可愛い。守ってあげたい(笑)。ずっと、人気のない古い貧しく汚れた路地で展開していた舞台が、最後は、人の多い繁華街に変わる。そこで、彼女が取った、「肉を切らせて骨を切る」といった決断こそ上手いなあと思う、技ありの展開だ。
これは脚本も書いた監督の第一作である。韓国からはいろんな才能を持った人が出て来るなあと感嘆。

(by 新村豊三)

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