社会派作品にして、俳優も魅力的な「モーリタニアン 黒塗りの記録」

監督:ケビン・マクドナルド 出演:ジョディ・フォスター ベネディクト・カンバーバッチ タハール・ラヒム他

監督:ケビン・マクドナルド 出演:ジョディ・フォスター ベネディクト・カンバーバッチ タハール・ラヒム他

正真正銘の傑作を見た。「モーリタニアン 黒塗りの記録」。冒頭、「実話」と出る。2001年「9.11」同時多発テロの首謀者と見なされてアフリカ北西部の国モーリタニアの若者モハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)がアメリカ軍に逮捕され、キューバの東にあるグアンタナモ収容所に拘束される。
彼は何年も拘束されながらも一度も裁判が開かれないという異常な事態が続く。それを知ったアメリカ人権派弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)が弁護を買って出る。一方、軍も、友人を「9.11」で亡くした軍の法務関係者スチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)を起訴責任者に起用して、スラヒを死刑に追い込もうとする。二人は調査を開始していく。

ホランダーが政府に請求し交付された文書は黒塗りの文書ばかりである。また、スラヒが彼女に送る手記も黒塗りだ。彼女はその手記を出版する作戦を取る。手記によって次第に明らかになる、軍の拷問の様が凄まじい。眠らせない、吊るす、海に頭を突っ込ませてボートを走らせる、あろうことか、レイプするというものまである。ここの描写が凄すぎて、生理的にもう止めてほしいと思った位であるが。
こういう衝撃的な内容で、個人の人権を守ろうとする真摯な固いテーマだが、映画としてとても豊かなのがいい。まず、脚本がよく、話がよく出来ており、一分たりとも間断するところがない。撮影もいい。収容所を俯瞰で捉え、波がヒタヒタと押し寄せる様を描いた映像は空間の解放感がある。
そして、主役3人の演技が素晴らしいのだ。まず、1973年の傑作「タクシードライバー」の少女時代から見ている、ジョディ・フォスターが切れ者の弁護士をカッコよく演ずる。自身、名門エール大卒で、「出来る女」の感じが滲み出ているし、サングラスを掛け赤い口紅を引き、しかも髪の色はシルバー。顔には小じわも出ている。60近い彼女が、そういう老けをそのまま出すのもとてもいいなあと思った。クリント・イーストウッドと同じように年齢と同じ役も厭わないでほしいと思う。
英国俳優ベネディクト・カンバーバッチは、2019年の作品「1917 命をかけた伝令」でもそうだったが、軍人役をやるとピカ一である。きりっとして、忠実、自制、清潔という好ましい印象がある。彼は、この映画の制作も兼ねている。
そしてフランス人俳優タハール・ラヒム。まだ、40歳になったばかり。2014年の「サンバ」等で注目してきた好きな俳優で、人懐こさがあったが、この映画では、過酷な運命に苦悶しつつ耐える役を好演した。モハメドゥはアラビア語、フランス語が自分の母語であり、刑務所内で英語を習得していくのもいい。
さて、7年目にやっと開かれる裁判での彼の言葉は感動的であった。こう言うのだ。「(これまでのことを)赦したいと思う。アラビア語では「自由」と「赦す」は同じ語だ。恐怖心もあるが、裁判では、正しい法で裁かれたい」、という意味の言葉だ。イスラム教って、平和的な宗教ではないか。
アメリカは国としてやっていることは酷いが、良心的映画人たちが「正義」を追求する姿勢は素晴らしい。トータルして、これも現在公開中の英国映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」より数倍面白い。

さて、好きな映画をもう一本! タハール・ラヒム主演の2008年のフランス映画の大傑作「預言者」。これも刑務所映画で、6年の刑期で入所したアラブ系の若者マリクが中でのし上がっていく過程をリアルかつ緊迫感と共に描く。前半、人を殺すシーンがあり、そのバイオレンス描写は腰が抜ける程。

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刑務所には幾つかの人種(アラブ系、コルシカ系、それからジプシーなど)がいて、勢力争いがある。コルシカマフィアの老人が刑務所を牛耳っている。マリクはこの老人に気に入られ、「一日外出」の時に、ヤクの取引を手伝ったりする(飛行機に乗ってスーツを着て「出張」のようだ!)。マリクは外に何回も出るので、刑務所映画によくある映像の密閉感もない。フランス社会は「裏社会」でも多様な人種がぶつかり合うと改めて認識する。
また、刑務所の生活のデティールが面白い。教育をまともに受けていない受刑者のためにフランス語の読み書きも教えられるし、物理や経済の授業もある。偉くなると(?)、ビデオも手に入るし煙草も吸うし、何と外からコールガールまで調達する。
最初はぼやっとした印象のマリクが次第にしたたかさを身につけていく。一種、痛快で、そこもいい。

(by 新村豊三)

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