ロシア映画は素直に見る気持ちにはなれないが、ウクライナ映画は沢山見てみたいと思っていたら有難いことに渋谷の映画館シネマヴェーラで「ウクライナ映画の世界」と題して、10本の映画を上映してくれ、その3本を見ることが出来た。3本とも素晴らしかったが、今回は2本紹介したい。
まず「誓いの休暇」。1959年、ウクライナ出身の監督グリゴーリ・チュフライの作品だ。恥ずかしながら、題名さえも知らなかった。劇場が出しているチラシによれば宮崎駿監督のお気に入りの作品、とのことだ。
ロシアでは「大祖国戦争」と呼ぶ第二次世界大戦でソ連がドイツと戦っていた頃の話である(ウクライナは、当然、国として独立していない)。戦場で功を立てたということで、若い通信兵アリョーシャが、6日間の休暇をもらって、母親の住むウクライナの故郷へ帰ろうとする。壊れた家の屋根を直すというのである。
人のいいアリョーシャは、列車の中で知り合った負傷兵の手助けをしたり、同じ部隊の男から頼まれて、その妻が住む街へ行って、貴重品の石鹸を渡そうとしたりして、貴重な時間を使ってしまい、なかなか母親のもとへたどり着けない。
この映画のいいところは、固い窮屈なソ連映画だろうという思い込みを裏切って、出て来る人物たちが真に人間くさいのである。乗る列車の監視員は、とぼけながらもワイロを要求してくるし、書いてしまうと、石鹸を渡そうとした妻は別の男と不貞を働いている。そんな風に、ロシアを変に美化してないところがいい。
偶然一緒に列車に乗ることになった少女も生き生きとしている。そして可愛く魅力的で、アリョーシャとこの子とに恋心が生まれたりする。戦争映画なのに、メロドラマ的でもある。そこがいい。
実は、この映画では、まず冒頭で、故郷で「帰らぬ息子」を毎日待つ老いた母親が描かれる。すなわち、観客にはあらかじめ、息子がそういう存在であることは伝わっているのだ。
しかし、見ているうちにこの息子が、この休暇中に母親に会えるのかどうか、観客は感情移入してしまい、ハラハラして見続けることになる。時間が迫って来て、息子は頼み込んで軍の車に乗せてもらい母親のもとへ帰ろうとする。母親は、野良仕事に行っているが、息子が帰って来つつあることを知らされて、思わず走り出す。
この映画の、もう一つの美点は、撮影が素晴らしいのだ。冴えたモノクロの撮影に驚いていると、その母親が森の中を走る姿、小麦畑を走る様子、本当に、美しくも画面に惹きつけられるのだ。これほど、躍動的でかつエモーションに溢れる映画を観たことがないくらいだ。
ラストに至るや、もう哀切感極まりない。今年洋画の中で、新旧問わず最も心を動かされた映画である。嗚咽したくなったほどだった。
こんな風に、最愛の息子が帰ってこない。その現実を胸に受け止めて母は生きなければならない。プーチンさんよ、あんた、いっぺんこの映画を観てみなよ、戦場に人を送っていることを考えてみてくれよ、と思ってしまう映画だ。
一言で言うと、この映画は反戦映画である。しかし、人物の人間味のある描き方、卓越した撮影から、歴史に残る名作たり得ていると思う。(そうそう、女優さんも魅力的である。ここもいい)
1921年生まれの監督自身も、1941年には「大祖国戦争」で、ドイツ軍と戦い4度負傷したりしている。この映画は祖国の軍隊を侮辱したという理由で、彼は共産党の除名処分を受けて、映画製作の権利をはく奪されている。
好きな映画をもう一本!
同じグリゴーリ・チュフライ監督の「女狙撃兵マリュートカ」(1956)も面白い。面白いと言っては不謹慎か。これも、映画として面白いが、本質は「反戦映画」だからだ。この戦争は、1917年のロシア革命の後、革命派の赤軍と反革命派の白軍が争っていた時代の物語である(恥ずかしながら内戦の存在を知らなかった)。
女性ながらも赤軍の名狙撃手であるマリュートカが、白軍の捕虜である将校を護送する任に当たる途中、船が難破して、二人で孤島に流れ着いてしまう。
ここから、デビッド・ボウイ似のイケメン将校と野性的魅力にあふれたマリュートカのほのかな恋の芽生えが始まる。しかし、ラストは、やはり、彼女は思わず自分の任務を果たしてしまう。それまで20人の敵を射殺してきた彼女。原題の「21番」の付け方が、センス鋭くも哀しい。
(by 新村豊三)