素晴らしきベトナム映画「ソン・ランの響き」と「青いパパイヤの香り」

昨年の東京国際映画祭で新人俳優賞を受賞したベトナム映画「ソン・ランの響き」が素晴らしかった。「ソン・ラン」とはベトナムの伝統歌舞劇「カイルオン」で使用される打楽器であり、同時にベトナム語で「二人の男」の意味でもある。

「ソン・ランの響き」監督:レオン・レ 出演:リエン・ビン・ファット アイザック他

「ソン・ランの響き」監督:レオン・レ 出演:リエン・ビン・ファット アイザック他

歌舞劇「カイルオン」とは中国の京劇に似た演劇。男性の役者は顔に隈取をして演じている。京劇よりはもう少し大衆性があるようだ。映画の中では、庶民が古い劇場に集ってその演目の登場人物に一体化して、涙ぐみながら見ている様子も点描される。

この映画は、80年代のサイゴンを舞台にして、借金の取り立てを行っている虚無的な眼をしたズン(新人俳優賞受賞)が、カイルオンの若き花形役者リンと出会う3日間の映画である。
ズンはストイックな性格で腕っぷしもいい。リンは美男子で、坂東玉三郎みたいなたおやかさがある。

実に繊細かつ豊かな作品であった。まず、「カイルオン」の魅力が十分に伝わって来る。唄う場面があるが、歌い手の豊かな声量に圧倒される。カメラの撮り方も中々良い。演目は、ベトナムの女性の異民族の恋人との悲恋のようである。
内容が全部分かったわけではないのに何故か胸にグッとくるものがあった。同じアジア人であるから、遠い昔、先祖の代、何か繋がっていたものがあり、血が騒ぐのであろうか。

脚本がよく出来ている。リンとズンが心を通い合わせることになる、停電になった夜の出来事の流れがとてもいい。ズンは食堂でチンピラ風の男たちに絡まれたリンを救ってあげ、カギを落としたリンを自分の部屋に連れてくることになる。何と、二人ともテレビゲームが好きであることが分かり、そこから少しずつお互いに心を開いていく。
なぜ役者であるリンが劇場に行かず場末の食堂で一人飲んでいたのか、また、ズンにどんな辛い過去があるのか、それぞれの事情がよく分かってくる。そこがいい。
二人は部屋でテレビゲームに興じた後、お腹がすいて外の食堂に行く。そこを盲目の流しの楽器奏者が通り過ぎるさりげない描写も、自然なリアリティがあってなかなかいいのだ。

その他、「カイオルン」で付き人のように身の回りをする高齢の女性、熱心に楽器を弾いて演奏する老人なども魅力的であり、映画の作り手がこの芸術に大きな愛情を抱いていることが感じられる。
果たして、初日に見に行った時、第一回上映の後に、脚本も書いているベトナム生まれのまだ若い監督が登場して挨拶されたが(ベトナムに13歳の時までいた後、アメリカに移住)、子供のころカイオルンが好きでこの役者になりたかったと語ってくれたのだ。

さて、好きな映画をもう一本!
ベトナム映画を始めて見たのは94年公開の「青いパパイヤの香り」であった。これを最近見直したが、26年前よりも面白かった。素晴らしいと思ったくらいだ。

青いパパイヤの香り

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1951年、サイゴンの中流家庭に使用人として10歳ほどの少女がやって来る。少女は料理を始めとして家事全般を覚えてゆく。家庭は、夫は働かず妻が布地屋を営んで生計を立てている。夫が家出するという出来事はあるが、ゆったりと日常が進む。やがて少女は10年後美しい娘に成長する、そして、長男の、音楽家である友人の家に移ることになる、といったストーリーだ。

少女は裏庭に育つパパイヤの実を削り、食事を作る。しゃがんで煮炊きを行うのは日本に似て懐かしい。周りのそこここにアリや蛙など小さな生き物がいて、カメラがそれを大きく捉える。

この映画には時に気だるい、懐かしくゆったりとした感覚があり、見る者が、その豊かで柔らかい世界に浸れることが魅力であろう。また、登場人物には、悪戯したりよくプッとおならをしたりする3男の少年を始めとして、それぞれ人間味があるのもいい。

監督のトラン・アン・ユンはベトナムに生まれ育った後、12歳でフランスに移住し成長して監督になっている。きっと、映画で自分の記憶の中の、懐かしい思い出のベトナム家庭の姿を描いたのだろう。

(by 新村豊三)

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