高橋伴明監督の社会派娯楽作「夜明けまでバス停で」

長いキャリアを持つ高橋伴明監督の新作「夜明けまでバス停で」が公開されている。これは、2020年11月に実際に渋谷のバス停で起きた、60代のホームレスの女性が地元の中年男性に殴り殺された事件を基にしている。映画では、30代ほどの若い女性がコロナで職を失い、ホームレスになってしまうという、より今日的な設定にしてある。

「夜明けまでバス停で」監督:高橋伴明監 出演:板谷由夏 大西礼芳 三浦貴大ほか

「夜明けまでバス停で」監督:高橋伴明監 出演:板谷由夏 大西礼芳 三浦貴大ほか

恥ずかしながら私は起きた事件のことを知らなかった。当時、コロナ禍で気持ちの余裕がないし、テレビが映らない生活を送っていたためだろうか(言い訳にはならないか)。
女性は、もと劇団俳優であった。バス停のベンチには仕切りがあり、横にはなれない状態だった(これだと体が休まらないだろう)。行政がホームレスを増やさないための施策だという意見もある)。尚、殴殺した犯人も、保釈中自殺している。ともかく、暗く痛ましい。

北林三知子(板谷由夏)はコロナで飲食店の仕事と住まいを失いホームレスになってしまう。同僚のフィリピン人女性(演じたのは、懐かしい俳優ルビー・モレノだ)も解雇される。
今の時代の非正規雇用の問題、外国人労働者の問題、そしてコロナ禍の貧困、生活苦が浮かび上がる。正直言うと、映画でのその描き方はやや平板である。今一つ、ヒリヒリ来る切実さが伝わらなかった。しかし、ホームレスが寝泊まりしている公園にいる、昔からのベテラン(?)のホームレスの人々が個性的に描かれているのは面白い。

この映画の最大の見どころは、何と、タイトルロールが流れる中で起きるある仕掛けである。映画の肝だから、むろん書かないが、これはお見事な戦略である。ここを見るだけでも一見の価値がある。安倍元首相の狙撃がなければ、これは、もっと大きな反響を呼んだだろう。

愛の新世界

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高橋監督の作品で好きなのは、1994年の「愛の新世界」だ。渋谷を舞台に、あっけらかんとフーゾクの仕事をして青春を謳歌する二人の若い女の子を描く。新人だった鈴木砂羽演じるレイはSM嬢。プレイでは女王様と呼ばれ、黒いボンデージを着てムチを振るう。ヤクザやサラリーマンなど色んな客が登場するのが可笑しい。実はレイは小劇団メンバーの1人であり、仲間と稽古を重ねるフツーの女の子でもある。尚、荒木経惟が撮りおろした彼女のモノクロのヘアヌード写真もふんだんに映画内に挿入されていて、当時話題を呼んだ。
片岡礼子扮するアユミはホテトル嬢で、金持ちと結婚するのを夢見ている。客の中には、変態っぽいちょっと怖い客もいて、見ていてハラハラする箇所もある。

この映画の白眉は何と言っても、夜通し飲み明かした二人が夜明け前に六本木から渋谷まで、3.5キロの道を延々と走って行くシーンだ。素晴らしい位に走りに走る。流れる唄も、あの60年代の名曲、荒木一郎の「今夜は踊ろう」だ。青春のエネルギーを感じさせる、日本映画史上屈指の爽快なシーンであると言いたい。
今回再見して、レイの芝居の稽古シーンが長すぎる印象を抱いたが、劇団員の1人として若い宮藤官九郎が登場していてビックリした。また、フーゾクの客として、今は亡くなった名脇役の大杉漣や萩原流行が出ているのも興味深い。と言うか、何だか、じーんと来てしまう。時は流れる。

道 白磁の人

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好きな映画をもう一本! 高橋監督には隠れた佳作がある。戦前、朝鮮の人々と文化を愛した実在の人物浅川巧を描く「道~白磁の人~」(2012)である。
浅川は、朝鮮半島で林業技師として半島の緑化を指導しながら、白磁(白薬を塗って焼いた陶器。日常生活で使われる)の美しさを知って、朝鮮美術を保護しようとする美術評論家柳宗悦の活動を助けていく。浅川は、朝鮮語を学びつつ、朝鮮人を友として付き合っていく誠実な人物である。1931年にわずか40歳でこの世を去るが、朝鮮人に大変慕われた人物でお葬式も彼らにやってもらったくらいで、韓国にその墓もある。
この映画が良いのは単なる美談として日朝の交わりがあるのでなく、偏見を持って差別する日本人もリアルに描かれるし、「3・1独立運動」や昭和20年8月15日、日本降伏の日の朝鮮側の報復も描かれていることだ。民衆が手に武器を持ち、支配者だった日本人の家に押し入っていく描写が、日本映画で描かれたのは初めてだと思う。
日韓合作であるが、監督始め日本人スタッフが海を渡ってソウルで映画作りを行っている。浅川巧の功績も、この映画も、もっと知られていいと思う。

(by 新村豊三)

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