日本がW杯でスペインを破ってしまったが、スペインを代表するペドロ・アルモドバル監督の新作「パラレル・マザーズ」が面白い。「赤ちゃん取り違え」の映画だが、同じテーマの「そして父になる」(2018/6/10に紹介)、「もう一人の息子」(2018/10/10に紹介)とは全然違う展開で引き込まれた。
40代のカメラマンのジャニス(ペネロペ・クルス好演)、まだ17歳の女の子アナが同じ病院で、同じ時間に娘を出産する。二人ともシングルマザー、ジャニスの相手は妻子持ちの人類学の大学教授、アナの相手は不明。
ジャニスが、赤ちゃんが父母に似ていないと言われて、DNA親子鑑定キットを使って自分の子であるか調べる過程がなかなかスリリングだ。ジャニスも、我々観客も赤ちゃんの取り違えの事実を知る。
その後のストーリーが真に独創的だ。アナが育てているジャニスの赤ちゃんについて、ジャニスがアナから新たな事実を知らされた時、私は劇場で、ええっと声を上げて驚いてしまった(見ている観客は皆、驚くだろう)。そして、この二人が徐々に接近して親しくなっていく過程がまた大変に面白い。ジャニスは家事も仕事もテキパキこなす。片やアナは、あまり父母の愛を受けておらず家事も基本的なことが分かっていない設定が絶妙。設定がいいから、続いていく話の展開に無理がない。「奇想天外」とは適切な言葉ではないが、そう言いたい位本当に面白いストーリーとなる(脚本も監督)。
二人の女は母性もいっぱいだが、情熱的な愛もいっぱいだ。そこに男たちは介在せず、女たちがぐいぐい生きていき、ずるい男は要らない、と言っているように思えてくる。
さて、この映画は終盤、フランコ将軍独裁下の歴史的な事件に関係したジャニスの曽祖父たちの遺骨発掘作業が出て来る(監督の映画には珍しい?)、これが、正直、「赤ちゃん取り違え」の話に上手くクロスしてない憾みがあったが、監督も70代に入り、映画の中にスペインの歴史に関するものを打ち出すという風に変わって行くのだろうか。
ペドロ・アルマドバルには好きな作品が多くあるが、一番の代表作を挙げるならば1999年の「オール・アバウト・マイ・マザー」だろう。
登場人物が少し多いのだが、概ねこんな話である。マドリッドに住む看護士でシングルマザーのマヌエラは交通事故で一人息子を亡くし、別れていた父親を捜しにバルセロナにやってくる。昔の芝居仲間のアグラードと再会するが、彼は性転換して女になっている。
マヌエラは、修道女ロサ(若きペネロペ・クルス)と知り合い一緒に暮らすようになる。AIDSに掛かったロサも妊娠しており出産の時に亡くなってしまうが、その妊娠の相手は、何とマヌエラの元夫のエステバンであり、エステバンも今は、女性になっている。マヌエラはその子供を引き取って育て始める。
ストーリーだけ書くと何だかグチャグチャした人間関係のようだが、優しい映画なのだ。聖なるものと俗なるもの(下品というか際どい台詞も出て来る)が一緒になっているが、監督は、登場人物一人一人に愛情をこめて、デリケートかつ大胆な物語を紡ぐ。(マヌエラはバルセロナで、舞台俳優の付き人になるが、ここには、監督の「女優」に対するリスペクトがある)。
様々な「母性」を持った女が出て来る。そして性転換によって男から女になった者も出て来る。まさに、女、女、女というイメージだ。そういう全ての女性への「賛歌」がこの映画のテーマである。監督自身はゲイの監督だ。ゲイほど、細やかな心情がよく分かっているのではないか。写真を見ると、丸っこい顔で太っていて、面白そうなオジサンに見えるが。
好きな映画をもう一本! 「奇想天外」と言えば、彼の脚本・監督の「トーク・トゥ・ハー」(2002)も、独得の設定と面白さを持つ。
二組の男女が登場するが、女は二人とも昏睡状態だ。作家マルコは取材を通じて女闘牛士リディアと恋人になるが、彼女は競技中に事故に遭ってしまう。同じ病院の独身の介護士ベニグノは、交通事故で昏睡状態になり入院中の元バレリーナのアリシアを4年間も献身的に世話している。
書いてしまうと、ベニグノは、劇場で異色のサイレント映画を観た後、アリシアを妊娠させてしまう。その先の展開はスゴイ、としか言いようがない。またも、アッと声を上げてしまったシーンが登場する。
異形の愛だが、言葉で表せないくらい切ない。深い余韻を引きずる。
(by 新村豊三)