スピルバーグは紛れもない現代の巨匠のひとりだ。1975年に劇場で「ジョーズ」を見たが、以来、50年近く彼の作品を見て来たことになる。スピルバーグも74歳、今度の新作「フェイブルマンズ」は幼少年期の彼が大いに反映された異色の自伝的映画になっている。
この映画、映画ファンとして見て大変面白い。しかし、見る前は思いもしなかったのだが、スピルバーグを投影した主人公サミーに、気の毒と言うか、切ない思いを感じてしまったのだ。
理系の技術者の父親と芸術家ピアニストの母の下に生まれたサミーは、生まれて初めて見た映画に刺激を受けて、8ミリカメラで列車の衝突シーンを撮る。長じても、級友たちと戦争映画を撮ったり、家族の戸外での休日の出来事を撮ったりする。
ある日、フィルムの編集中に、母親の秘密に気づいてしまう。夫の友人に恋心を抱いている様子が記録されているのである。段々と両親の不和の問題が浮かび上がる(夫は非の打ちどころのない優しい人なのだが、ユーモアのセンスがないからか、芸術家の母親には不満が募ったようだ)。
父親の転職に伴い、一家はアリゾナからカリフォルニアに引っ越し、サミーは現地の高校に入学する。すると、高校の同級生にユダヤ人の出自をあからさまに嘲笑されることになる。この、イジメの件にはびっくりした。「お前、キリストを裏切った子孫じゃないか」と言われるのだ。女の子にも惹かれていく。この辺の展開は「映画の話」と言うより、繊細な若者の「青春成長映画」のようになった。しかし、私はそこが切なくて良かった。悩む若者の普遍的な姿があるからだ。
だからこそ、映画ファンにはラスト近くの展開が際立つ。卒業し、映画関係の駆け出しの仕事をしていると、スタジオで大監督ジョン・フォードに短時間だが会えることになる。この、部屋に入って来た時、頬にキスマークをつけ、片眼のアイパッチをしたジョン・フォードの人となりがとても印象的。やんちゃでわがまま豪快だ。演じているのは、何と、異能の映画監督デイビッド・リンチなのだ。
スピルバーグが映画界に入れて良かった。そして、50年近く、世界中の映画ファンを楽しませてくれた。ありがとう。
さて、劇場で繰り返される騒々しい予告編に辟易して見るのを敬遠していたが、「バビロン」も一見の価値があった。正直、壮大な失敗作ではあるが。
前半はとても面白くて興奮した位だ。冒頭の酒池肉林の乱痴気パーティも許せた。ハリウッド創成期の頃の映画撮影現場のドタバタが、スケール大きく、活気あふれて見事に伝わって来た。
この時期、人気俳優だった大物俳優ジャック(ブラッド・ピット)と、映画界で上昇を狙う女優ネリー(マーゴット・ロビー)と、偶然映画界に足を踏み入れた若者マニー(ディエゴ・カルバ)の3人の物語。映画史を背景にしている。
ネリーがビッチの魅力を振りまく。ややクドいがトーキー初製作のプロセスも面白かった。問題は後半だ。話が詰まらなくなった。脚本が荒過ぎた。(例えば、ネリーが大金を失ったプロセスは描かれない。トビー・マクガイヤーが出て来るが、そのパートは不要。ネリーとマニーがメキシコに逃げる件も雑)。映画の面白さが急に減っていく。
しかし、ラスト、映画界を離れていたマニーがふらりと映画館に入り「雨に唄えば」(1952)を見る。映画を観ながら彼が往時を思いだし泣く姿がちょっとよくて、評価がまた上がる。
ハリウッドの20数年の歴史を描こうとして、監督は息切れしてしまったのだと思う。しかし、鋭い才能は疑いようがない。
好きな映画をもう一本! 実は好きじゃないのだが(笑)。「エヴエヴ」こと「エヴリシング・エヴリウェア・オール・アット・ワンス」が今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞などを独占した。
アメリカに暮らしコインランドリー店を経営する中国系家族が確定申告をしに行くところから始まる物語なのだが、SFというか、メタバース(多元世界)がどんどん出てきて、過去の回想(?)も交じり合い、こりゃ何だ?状態。私は話が全く分かんなかった。カット割りも目まぐるしい。周囲でも、見た人によって評価が分かれている。
ただ、税務署の女性職員ジェイミー・リー・カーティスは、怪演!(実際、助演女優賞を受賞)
(by 新村豊三)