裁判で特異な事件を争う優れた日本映画2本を見た。まず、「ロストケア」。チラシを見て、数年前の障碍者殺人の「やまゆり園」の話かと思ったら全く違い、介護が必要な高齢者が多数亡くなる事件だった。
長野県の地方都市で訪問介護センターの老人とセンターの所長の死体が発見され、職員斯波(松山ケンイチ)が容疑者となり、検事の大友(長澤まさみ)の取り調べを受ける。
実はそのセンターでは41人が亡くなっていて、大友はなぜ「殺した」のかと追及するが、斯波は「ロストケア」すなわち「喪失のケア」であり、「救った」と主張する。
斯波は、自分は「(社会的に)穴に落ちている」と言い、大友に対しては「安全地帯にいる」と批判する。
斯波は、普段は「聖書」を読んでいる誠実で真面目な青年であるが、自宅で介護した父親との凄絶な過去があることが分かってくる。そして、大友も、両親に関して心の重荷を背負っている。
格差社会の社会的弱者が老いた親をどう介護するかを巡って、重い問いが提示される。固定観念が揺さぶられる。私たちは、高みに立って安易に斯波を断罪できないのではないか。社会全体として、何か考えるべきではないかと思わされる。
松山ケンイチと父親役の柄本明の演技が素晴らしい。演出も着実で落ち着いている。葉真中顕による原作があり、話がしっかりしている。観る側に思考を促すが、暗く重いだけの映画ではない。松山ケンイチと長澤まさみという人気俳優が主役だし、映画の質が高い。自分に繋がる問題として、一見をお勧めしたい。
次に、「WINNY」という、実話を元にした法廷映画も面白い。「WINNY」というソフトを開発しネット上に公開し、人々が匿名で映像や資料を自由にダウンロードすることを可能にした研究者が、2004年に著作権侵害の疑いで逮捕拘留されて、裁判で闘う話だ。
「2ちゃんねる」で裁判費用が有志から集まり(!)、大阪の弁護士チームが彼を弁護することになる。
私のようなPC苦手にも、何を争っているのか分かりやすく作ってあるのがいい。弁護の仕方、証人喚問の準備、実際の法廷でのやり取りが面白かった。例えばベテランで切れ者の弁護士吹越満は、警察側の証言に決して反論をしないが、証言の矛盾を上手く引き出す手法を取る。
役者も中々いい。開発者(いわゆる「おたく」で、多少イライラするが純粋な人)を演じる東出昌大が上手いし、主任弁護士役の三浦貴大も意外に似合っている。
ただ、この映画、本筋にあまり関係なく、愛媛県警の裏金作りの話も並行して進む。最終的には繋がってくるのだが、やや長い。
この話を知らなかったので、結末や最後の展開にはあっと思ってしまった(敢て伏せる)。脚本監督の松本優作は、原作もないのに頑張っていると思う。
好きな映画をもう一本! 日本の法廷映画で最高傑作は「それでもボクはやってない」(2007)だろう。若者が電車の中で女子高校生に痴漢の行為をしたと疑いを掛けられ、拘置され、弁護士を立てて闘う話である。
この映画で知ったが、刑事事件の裁判で、有罪率は99.9パーセント(!)である。びっくりするほど高いのだ。裁判官も人の子であり、出世を願うため、検察と争うことを避け、裁判の処理が早い印象を与えたいと思い有罪判決が出る、ということもこの映画で初めて知った。
脚本監督は娯楽作品の名手、周防正行だ(「Shall we ダンス?」など)。3月、再審請求が通った免田事件の関係者の記者会見の時、彼が弁護士の近くに座っていたのをテレビで見た。
この映画を観て、もう満員電車の中で女性がすぐ横に立っていた場合、痴漢犯人と間違えられない様に、冤罪にならないように、我々男は両手を挙げて万歳して乗るしかないではないかと思ったりした。
「WINNY」に戻ると、主役の一人を演じた三浦貴大には映画祭で一度会った事がある。言わずと知れた、山口百恵と三浦友和の息子である。気のいいお兄さんの印象があり、「親父を越えてやる」と発言した。
私は教員をしていたのだが、水球部の顧問をやっている同僚の体育の先生にこんな話を聞いたことがある。三浦貴大は私立成城高校の水球部に属していたのだが、この高校の生徒は教員の事を○○先生と呼ばず、あだ名で呼ぶそうだ。しかし、貴大君だけは、きちんと○○先生と呼んでいるとのことだった。さすが、百恵ちゃんのしつけがいいと感心した記憶がある。
(by 新村豊三)