コロナ時代の東京と若者を活写した傑作ドキュメント「東京自転車節」

コロナ発生から3年が経過してコロナも「五類」となった。東京では2020年3月13日に緊急事態宣言が出て5月25日に解除されたが、この頃は生活様式が一変し、先が見えない得体のしれない不安な日々だった。
「のど元過ぎれば暑さ忘れる」の類か、この頃のことはかなり忘れているが、先日、偶然、配信で見た2021年公開の記録映画の秀作「東京自転車節」にはもう参ってしまった。

山梨に住む若者が緊急事態宣言下の東京に出てきてUber Eatsの配達をしながら生きて行く姿を描くものだ。この時代の様子や、必死かつ懸命に生きる若者の様子の記録になっており、かつ、あの頃を生きていた自分自身の記憶が呼び覚まされて、極めて貴重な映画となった。

主人公兼監督の青柳佑氏(26歳)は、もともと川崎にある日本映画大学を卒業しており、既に短編(「ひいちゃんのあるく町」)が公開されている(未見)。彼は、故郷山梨で車の代行業務で収入を得ていたが、コロナでその仕事がなくなってしまい自転車に乗って4月21日、所持金8000円で、東京に出稼ぎに来る。

大学時代の友人の家に泊めてもらい、新宿を拠点に配達を始めていく。スマホとGoProというカメラで、自分や街を撮っていく。彼は、注文が入りやすい新宿靖国通りに待機し、注文を受けては自転車を走らせて届けていく。
はなまるうどん、マクドナルド、タピオカジュース、そんな注文が入る。届け先はマンションの部屋が多い。雨が降る日もある。見ていて、切ない感情が溢れてくる。しかも、配達料は平均で550円。例えば、一日9時間半働いて収入が7686円と、予想していたほどは稼げない(毎日の収入が画面に出るのもいい)。

ただ、この映画の持ち味なのだが、暗いだけの映画ではない。配達しながら何回か流れる主題歌が真に素晴らしい名曲なのだ!「♬月が出た出たあ、月が出たあ、よいよい♬」の炭坑節によく似ているのだが、和太鼓がドンドコ鳴って、「♬漕げよ、漕げ漕げ、チャリを漕げ。目指せ、東の花都。あんまり、銭さんがないもんで、あくせく出稼ぎ、ペダル漕ぎ (ほれ、漕げ漕げ)♬」巧まざるユーモアが漂うのが何とも言えず好きだ。この歌は一度聴いたら忘れられないと思う。

友だちの家も出て、青柳氏は「漫画喫茶」に泊まったり路上で寝たりする。なんと大幅割引になったAPAホテルに2500円(!)で泊まる日もある。青柳氏は、意志強い肉体派というより、童顔のぽっちゃり系でやや頼りない感じがする若者だ。
この映画、正直にいろいろなことが描かれていて、そこにも好感が持てる。例えば、27歳の誕生日を祝いたいというので、部屋にデリヘル嬢を呼ぼうとする。そして、料金の高さにビックリして・・・(さらっと描かれているが、もう、優しくも切ないのだ)。彼は、こうやって、仕事を3か月続けていくことになる。

監督には大学時代の多額の奨学金の負債もある。550万円であり、滞ると、700万円になるらしい。本人も友人との会話でも言っているが、日本の若い貧困層なのだと思う。好きな道を選んだとは言え、大変だろう。
見ながら、忘れかけたいろんな言葉を思い出した。「不要不急」なことや「濃厚接触」をするな、「ソーシャルディスタンス」を取り「三密」を避け、「手洗い」「うがい」を励行、といったことだ。
3年前の今頃は辛くて異常なころだった。ほとんど外出しなかった。個人的なことだが、家の近くに、鮮魚の美味しい地元の小さなスーパーがあり、異常な雰囲気の中で客が買い物をしていたことを思いだす。従業員の皆さん、エッセンシャルな仕事をしてくださった。有難かった。その店もこの3月に閉店して大変哀しいのだが。

映画的には「編集」がいい。字幕の出し方も的確。それと、先に記した歌だ。流石、日本映画大学の卒業生だと思う。上映時間は91分、コンパクトだ。
映画の中で、「ステイホーム」の過ごし方として、3つある、と友人が言う。何もしない、ピンチがピンチのまま、ピンチをチャンスに変える。願わくば、監督や製作に携わった人たちが3つ目でありますように。

映画には新宿の街が何度も出て来る。映画館のゴジラも見える。アルタ前の大型スクリーンには小池知事や安倍首相も映ったりする。映画は見事な時代と人間の記録となった。自らの記憶も蘇る。この作品はunextで見られる。一見をお勧めしたい。尚、キネ旬のベストテン投票で一位に入れた選者もいる。

(by 新村豊三)

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