昨年の12月は立て続けに外国映画の秀作が公開され大変愉しい時間を過ごせた。フィンランド、フランス、キルギスタン、韓国であるが、様々な男と女の有りようが描かれていた。
まず、フィンランドを代表する名監督アキ・カウリスマキの「枯れ葉」。工場で働く男とスーパーで働く女の恋の芽生えを描く。中学生レベルのラブ・ストーリーだが、これ、何だかいいのだ。シンプルかつ定番な話が、逆に、新鮮でドキドキと心が動く。
ヘルシンキのバーで知り合った二人は映画館で初デートする。上映されているのはゾンビ映画「デッド・ドント・ダイ」(2019)だが、これは監督の友人であるジム・ジャームッシュの作品。上映後、男は女から電話番号を書いた小さな紙のメモをもらうのだが、書いてしまうと、風にひらひらと飛ばされ連絡が取れなくなってしまう(笑)。
こんな、映画として素朴なことなのに、見ている方はハラハラしてしまうのだ。
音楽の使い方が抜群。60年代ロックの音楽もいい(音楽に疎い自分でも良さが分かる)。人物は素朴で、多くを語らない。でもクスっとする可笑しみがある。そう、いつものカウリスマキ節だ。
次はフランス映画「VORTEX」。「枯れ葉」のように出会ったばかりの初々しい男女とは違い、今度は人生の酸いも甘いも経験し段々と死に向かいつつある80代の夫婦の現在を描く異色作。ギャスパー・ノエというフランスの個性派監督の作品だが、何と、夫役をイタリアのホラー映画の巨匠ダリオ・アルジェント(「サスペリア」等)が演じている!
夫は映画関係の仕事をするインテリ。妻も医者だったらしく、薬の知識が豊富であるが、かなり重い認知症に掛かっている。
この映画がユニークなのは、徹頭徹尾画面を2分割して、同じマンションの別の部屋にいる二人を同時に、カメラもあまり動かず、じっと写すことだ。観る側は二人を注視することで画面に惹きつけられる。この手法でドキュメント的効果を挙げているのだ。
離れて暮らす息子は立派な生き方をしているわけではない。奥さんは多量に薬をトイレで流すし、夫の原稿さえも流してしまう。何をやるか分からず、すごい恐怖がある。
決して心地よい映画ではないが、人生のしまい方、あるいは自分の死の予行演習(?)を映像で見ているようで、何とも言えないヘンな気分になる、でも面白い映画なのだ。決して万人向けの映画ではないが、老夫婦のリアルな現実を知るのも悪くない。
3本目はキルギスタン映画「父は憶えている」。ロシアに働きに行ったが、事故に遭い帰れなくなり、20数年音信不通だった男が故郷へ帰ってくる。しかし、記憶は戻らず、一人息子も近所の友も分からない。愛した元妻は富裕者に嫁いでしまっている。
冒頭、俯瞰で、パンして、キルギスの山や村や川を捉えるショットからしていい。豊かで繊細なカメラワークに陶酔した。ゆったり、穏やかに、手持ちカメラで人物を映し、風景を映す。村の人物たちに人間味がある。酔っ払いもいるが、なべて温かい。宗教が暮らしに根付き、一夫多妻制を目の当たりにする。
アジアの果て(失礼)でも、人間の哀歓が生まれる。人々は一生懸命、父や元夫を思いやる。そこがいい。映画の最初の方で映される、根の張った木々の描写がラストに繋がる。そのラスト、木々の間を歩く主人公は微かに聞こえる元妻の歌声に歩みを止める。記憶を失くしていても、歌によって昔の愛が甦るようだ。主人公は一言も発しないが、監督自身が演じている。
好きな映画をもう一本!
韓国映画「人生は、美しい」も好きな作品だ。ソウルに住む50代夫婦の妻が末期がんにかかり、初恋の人を探すべく、夫が運転する車に乗って妻の故郷へ向かう。
これが何と、ミュージカル仕立てなのだ。回想として登場する、初デート先である昔の「ソウル劇場」(私もよく行った)で踊るシーン、夫が軍隊に入る入隊式のシーン等、カラフルで躍動感がある。(因みに、ソウル劇場で上映されているのは「ゴースト ニューヨークの幻」(1990)。
二人はソウルから、木浦、釜山などへと廻るが、晩秋の風景を捉えたカメラがとても美しい。
夫婦の人生が振り返られ、それが民主化運動など韓国の戦後史を反映しているのもいい。幾度も笑い、そしてちょっと感動した。ハート・ウォ―ミングな映画ファンの方にお勧めだ。
(by 新村豊三)