​​ラストシーンをどう捉えるか……「悪は存在しない」「ありふれた教室」

2021年カンヌ映画祭の脚本賞を受賞した濱口竜介監督の新作「悪は存在しない」が現在公開されている。2023年のヴェネツイア映画祭で銀獅子賞を受賞した話題作なのに、何故か東京でも公開館は2館だけである。それほど名のある役者が出ていないからだろうか。

『悪は存在しない』監督:濱口竜介 出演:大美賀均 西川玲ほか

『悪は存在しない』監督:濱口竜介 出演:大美賀均 西川玲ほか

見ると、まずまず面白い作品であるが、よく分からぬラストシーンに戸惑ってしまった。今度の作品の舞台は長野県の諏訪あたりの村である。静かで自然の多い村に、東京の資本でグランピング(キャンプ場にホテルをくっ付けた施設)を作ろうという話が持ち上がる。
コロナで補助金をもらった東京のインチキ(?)芸能プロが計画したのであるが、土地の住人と芸能プロの社員とで話し合いの場が持たれる。その話し合いのリアルな演出はさすがである。

意外や、笑ってしまうシーンも幾つかあった。芸能プロのスタッフのキャラが面白いのだ。長年勤めた中年の男性と、介護の仕事を辞めてこの世界で働き出した20代の若い女性。この素人に近い女性の方が現実的で常識的な対応を見せる。中年の男も、軽い男だが人は悪くなく、村で試みにやってみた薪割で、薪が上手く割れたことを喜び、都会の虚飾の生活をするより、肉体を使う人間的な生活に憧れ始める。自然の魅力に引かれていくのだ。
それに説得力を与えているのが、村の住人で小さな一人娘花の父である巧だ。彼は、村の便利屋とも言うべき存在で薪割をしたり、川の水を汲んでは住人に届ける仕事などで生計を得ている。尚、この巧役は、プロの俳優でなく、映画のスタッフを抜擢したのである。まずまずの存在感がある。
この映画は森や湖や木々をスクリーン一杯に映して、濱口竜介の新境地に見える。

さて、問題のラストシーンだ。巧の娘が夜になっても家に帰ってこず、村人が協力して村を捜索し始める。最後に父親が見つけたのは、遠くに森が見える場所に、手負いの鹿の親子がいて、その前に花が立っているのだ。手負いの鹿は危ない、と映画の中で私たちは知らされている。
ここから先は書くわけにはいかないが、巧は全く意外というか驚愕するような行動を取るのだ。その説明がないまま、映画は終わってしまう。全く曖昧なラストシーンで途方に暮れてしまった。周りの映画ファンでも解釈が分かれている。私自身はよく分からないし、幾つかの解釈を聞いたが納得のいくものはない。
実は私はラストがあいまいな映画は好きではない。作り手は、こう伝えたいというものがあり、それを正確に伝える技術がなければいけないと思うのだが。​

監督:イルケル・チャタク 出演:レオニー・ベネシュ レオナルト・シュテットニッシュ エーファ・レーバウ他

監督:イルケル・チャタク 出演:レオニー・ベネシュ レオナルト・シュテットニッシュ エーファ・レーバウ他

次の作品は、ドイツ映画「ありふれた教室」だ。これは、ラストシーンが曖昧ではないが、いろいろとその先を考えさせられる映画。
原題は「職員室」。教員を経験した自分には見ていて結構苦しい映画。しかし、この映画、冒頭から終わりまで大変に「映画」として面白く、最近一番スクリーンに惹きつけられた。

ドイツの中学校が舞台。クラスや職場で盗難が多発している。主人公である女性教員が独断で自分の席のパソコンに隠しカメラを設置する。すると、やがて、何者かによって自分の上着から財布が抜き取られるのだが、その犯行が映っている。容疑者は全貌は映っていないが職員のようである。
ところがその容疑者を呼び出して問い詰めても、彼女は犯行を認めない。不運なことに、容疑者は自分の担任する生徒の母親なのだ。

学校現場を知っている者の立場から言うと、隠しカメラの設置も軽率だし、校長のその後の対応がまずいと思うのだが、少しずつ誤解と対立を生む方向に問題がずれて行き女性教師は窮地に追い込まれる。
驚くことに、人種差別がドイツの学校の教員の世界にも存在している。この先生はポーランド系で、ポーランド系はドイツのネイティブの教員から下に見られていて、彼らと完全な信頼関係が無いようなのだ。

さて、先生が一番護りたいのはその、容疑者の子供なのだが、子供も衝撃的なあることを行い、先生も、そして観客も予想もつかないストーリー展開になっていく。
ラストシーンは、その先生とその生徒の、わずかに希望を持たせるある行為だ。多分、まだ微かな希望は残っている。そして、その生徒が、外部から来た者から受ける対応と言うか、仕打ちは、これまでの映画では見たことがないシーンだ。
登場人物、皆、リアルな存在感がある。個の描き方も、集団の描き方もシャープな一級品。

(by 新村豊三)

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