今年のアカデミー賞受賞作がそれぞれ面白い。まず、作品賞を受賞した「ANORA アノーラ」。

『ANORA アノーラ』監督:ショーン・ベイカー 出演:マイキー・マディソン マーク・エイデルシュテイン他
私は大変面白かったが、映画ファンの間では賛否両論、否定派も多い。スケール小さな、若いセックスワーカーの生態を描くだけの映画に見えるが、主人公に元気があって魅力的だし、何せ、描写が生き生きとしていて、「新しいリアルムービー」という感じがする。
ニューヨークのストリップダンサーであるアノーラは、少しロシア語が出来る関係で、ロシアのドラ息子に結婚を申し込まれ、許諾し、一緒に暮らすことになる。最初は、バカ騒ぎとセックスシーンが続きちょっとウトウトとしたが、新居として暮らす豪邸のリビングで、ドラ息子の監視役の男どもとアノーラの大騒動が始まる描写からグッと惹きつけられる。
その、リビングのシーンで、もう、感情移入と言うか、アノーラの味方になってしまったのだ。男どもはアノーラをハナからバカにしていて、手荒いことをするし、人格を認めない。見ていて、いくら何でも酷いぞって思う。あの、男どもめ、ロシア人どもめ。
後は一気に作品の世界に入っていた。もう、面白えなあという感じ。逃げ出したバカ息子を探して、男たちとアノーラは寒そうなコニー・アイランドの海辺を歩いたり、夜のいかがわしいキャバレーに行ったり。飛行機に乗ってロシアから親がやってくる(父親より母ちゃんの方が怖いのが面白い)、裁判所に離婚の手続きに行ったりして、全く飽きない展開となる。
主役の子も、映画そのものも、こんなに元気良くて、はっちゃけて(もう上手く表現できないけど)。こんな映画あったっけと思う。イキがいいだけでなく、海辺を歩くショットには詩情と言いたい雰囲気があるし、ラストの長い車のシーンで、アノーラと男が愛を交わすのだが、フロントグラスに降る止まない雪やワイパーの規則的な音などもいい。そこには映画的感興があった。
主役のマイキー・マディソン、いいと思ったが、勢いだろう、彼女がアカデミーの主演女優賞を獲得してしまった。成りきりの全力演技であった。
この監督(脚本もだ)、一昨年大好きだった「レッド・ロケット」の監督ショーン・ベイカーだった。道理で、相性がいいんだ。

「ブルータリスト」監督:ブラディ・コーベット 出演:エイドリアン・ブロディ フェリシティ・ジョーンズ ガイ・ピアース他
次の作品は、作品賞は取れなかったものの、主演男優賞や撮影賞を取った「ブルータリスト」。建築家の話だが、「ブルータリズム」というのは建築用語で、装飾を拝し素材そのものに重きを置く手法とのこと。
上映時間が長くて、何十年ぶりに、15分の「休憩 インターミッション」が入った映画だった。しかし、面白い。実在ではないが戦後ハンガリーからアメリカに来た天才的ユダヤ系建築家の数十年の話である。地元の成り上がりの富豪の知遇を得て、地域の文化複合施設を設計し建築を進めるが、これが難航する。やがて、奥さんと姪が、ハンガリーからアメリカにやってくる。二人は収容所にいたらしい。本人も、奥さんも、狂気が入っているか、狂気スレスレの人物である。これに依頼主の大富豪が絡む3人の演技は見ものである。
映画として幾つかの点で脚本が甘いが、堂々たる演出、撮影のシャープさ(特にロングショット、俯瞰)、スケールの大きさは、十分に「映画」を味わったと感じた。
個人的には、足の激痛に苦しむ奥さんに「麻薬」(?)を打ち、セックスするシーンが好きだった。なんだかんだ言っても、「愛の映画」ではあるのだ。主演のエイドリアン・ブロディが主演男優賞。

監督:エドワード・ベルガー 出演:レイフ・ファインズ スタンリー・トゥッチ イザベラ・ロッセリーニ他
好きな映画をもう一本! 最期は「教皇選挙」。この作品は脚色賞を受賞した。イタリア、カトリックの総本山の教皇が病死し、次の教皇を選挙で選ぶ。いろんな国の108人の枢機卿が集まる。隔離され、3分の2以上の票を取るまで選挙が繰り返される。正直、映像は大変いいけれど話がイマイチだなあと思っていた。枢機卿の昔の女性関係なんかをほじくり出して、結構、俗っぽい。
で、あっと驚く展開になる。納得できる選挙結果になる。しかし、分かりやすすぎて中学生レベルのヒューマニズムだと思う。ところが、最後に大どんでん返しが来た。あえて伏せる。「こう来たかあ」と唸りつつ、現代性を感じた。そこがいい。
映像は、聖職者が着る赤の法衣が印象的。俯瞰で、傘をさす沢山の枢機卿を捉えるのもいい。選挙を司るレイフ・ファインズもいいし、シスター長のイザベル・ロッセリーニも存在感あった。
(by 新村豊三)