荒井晴彦の新作「星と月は天の穴」と旧作「赤い髪の女」

日本映画に傑作・秀作が相次いだ2025年だったが、師走にまた、面白い作品が公開された。荒井晴彦脚本監督の「星と月は天の穴」である。原作は芥川賞作家吉行淳之介の同名小説。1989年に発表されている。

「星と月は天の穴」監督:荒井晴彦 出演:綾野剛 咲耶 田中麗奈ほか

「星と月は天の穴」監督:荒井晴彦 出演:綾野剛 咲耶 田中麗奈ほか

荒井監督とは映画祭等で会ったり、時々メールしたりする間柄なので荒井さんと呼ばせてもらう。40年ほど前、荒井さんが好きな作家はと聞かれて「吉行淳之介」と答えたことが記憶に残っていた。1997年に初めて監督をして以来ずっと荒井さんが映画化したかった作品なのだろう。4月頃だったか、本人が「失敗作だよ」と言っておられたがどうしてどうして。

1969年、離婚してシングルで暮らす作家の矢添(綾野剛)が画廊で女子大生と出会い、何度か会ってセックスを繰り返す映画である。
そのモノクロ画面に、昨年やはりモノクロで話題になった筒井康隆原作の映画「敵」を思い出す。あれは詰まんなかった。それから2年前の荒井さん監督の「花腐し」。2023/10/20の回に紹介しているが、あれはモノクロで展開し、主役の綾野剛が異界に入るとカラーになった。
今度の映画は、全編モノクロの中に、時折、「赤」が効果的に出てくるところが面白い。食卓のサーモン、女の唇、女の体の盲腸の手術跡などなど。段々、情欲のシンボルみたいになっていく。

映画全体としては「男と女のメルヘン」だろう。ラストに、「1969年の思い出に」と出るが、学園紛争などで揺れた時代の面影は一つもない。(アポロの月面着陸のテレビを皆が見ているシーンがあるが、これは時代を感じさせ悪くない)
60年代激動の時代に関係なく、ただ作家が女と関係を深める過程が描かれる。それが、執筆中の小説と重なるところがミソ。現実のドラマが進みながら、矢添が執筆中の小説の文章が、画面に現れるシーンが何回もある。
いつもユーウツそうな綾野剛が悪くない。ゆったりしゃべるペースが、なんかいい。人物の声も大きい。これは意識的な演出だろう。また、音楽が多い。女子大生の女の子とまぐわるシーンのピアノだけが大きすぎる感じがしたが。

この作品、結構可笑しみがあるのがいい。矢添は36歳にして入れ歯なのだ。付き合う女に知られたくないというのが可笑しい。事故ってしまい、入れ歯が病院のレントゲンで分かるのもおかしい。矢添には、時々通う「乗馬倶楽部」と言う名の娼婦の館がある。そこのマダムの宮下順子から家に電話が掛かってきて、いい子いますよって言われて、3時間後に行きます、と直ぐに言う軽さもいい。
お気に入りの娼婦は田中麗奈なのだが、彼女の演技がいい。セクシーさと生活感があり、とても魅力的に見えた。3年前に出た「福田村事件」ではイマイチだったが、今回は大人の色香が感じられた。公園で矢添と別れる時、独り言で「さよなら、矢添克二さん」と名前を呼ぶとこいいなあ。
女子大生役の咲那、体小さく足も細く華奢だけど顔は色っぽい新人俳優が、まあまあ頑張っている。彼女も含めて何人かの女性がヌードを見せ、黒々としたヘアーが映る。1993年の鈴木沙右主演の「愛の新世界」を経て、ここまで進んだのか。自然な感じだった。役者がよく脱いだと思う。

全体としては、感銘を受ける、という類いの作品ではない。軽い、男と女の、微妙な、ふわふわしている有りようを描いたものだ。好きな映画だが、自分のベストテンに入れる映画でもない気がする。そっと、25年度邦画の自分の11位として記憶に留めたい。

好きな映画をもう一本! 田中麗奈はデビュー作となった1998年の「がんばっていきまっしょい」から大体見ているが、演技力が付いたものである。(当時、飲料水のCMで「なっちゃん」と呼ばれていた)。

監督:磯村一路 出演:田中麗奈 清水真実 葵若菜ほか

監督:磯村一路 出演:田中麗奈 清水真実 葵若菜ほか

この映画は、愛媛県松山市に住む普通の女の子が高校入学後、ボート部を設立して練習に励み大会に出場するストーリーだ。ストレートで爽やかな青春映画であった。田中麗奈は高2の時オーディションで主役に選ばれた。
瀬戸内海で、ボートが水面を進んでゆく映像が美しかった。その時流れる韓国人シンガーが唄う「オーギヨ ディオラ」という美しい歌のメロディも記憶に残っている。

この高校、入学式など全校集会が行われると、体育館壇上の校長(名脇役の大杉漣)の掛け声に合わせて、生徒が両手を突き出して、「がんばっていきまっしょい、しょい、しょい」と唱和するのが面白かった。モデルとなった松山東高校では今も続いているのではないか。

(by 新村豊三)

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